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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話

【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話

腕も確かで同門の後輩への面倒見も良い国政がいれば、歌川流は安泰だとある意味胡座をかいていたものが、突然頼みの柱を無くしてしまったのである。慌てて二番弟子の国重を養子にしたり、他の弟子への指導をいきなり厳しくしたりとその動揺は相当のものであった。

そんな時目に止まったのが、

「国貞、おめえだ」。

国貞は、初めから利発で華やかな匂いを持っていた。絵の才覚の匂いであった。加えて生真面目な性格と、絵にかける熱情、向上のために努力を惜しまない負けん気の強さが全て揃っていた。これは大物になるかもしれない。豊国は決めた。

「こいつを、豊国にしよう、と」。

その日から豊国は、国貞を誰よりも一番厳しく指南した。自分の分身を作る心算で、一切妥協をせず全身全霊で絵を教えた。国貞の筆はみるみる磨かれ、ますます粋に、ますます洒脱に、江戸の誰もが憧れるような役者絵を描くようになった。しかしその筆の精彩が増す傍らで、国貞の表情はどんどん厳しくなり感情を己の中で殺すようになったのにも豊国は気が付いていた。

「申し訳なかった。二十歳そこそこの遊び盛りにおめえから自由を奪い、吉原(なか)に行くにも全て仕事の関係でしか行かせなかった」

その頃から、豊国は弟子たちの前で豪語するようになった。

「歌川にあらずば絵師にあらず。他の絵描きは曲芸でしかない。人に好まれる理想の絵の描けない者に、価値などない」

と。

いつまで経っても売れない弟子たちには、容赦なく「おめえらの努力が足りねえからだ」と叩き付けた。国貞の少し後に入った国丸や国安にも、まだほんの子どもだという時分に指から血が出るほど描かせた。

「今でこそ奴らアあんな風に笑っているが、あの頃は二人とも泣きながら死にものぐるいで付いてきていたよ。むごい事をした。わっちは、本当に出来すぎた弟子たちに恵まれた。特に、国貞。おめえにゃ他たア比較にならねえほど酷な教え方をしたが、お前は顔色一つ変えずに何度も何度も描き続け、世の希求に柔軟に応えられる歌川派の絵師の鑑となった。いつのまにか、かつての国政のようにわっちにとって頼もしい存在になってくれた」

しかし、と豊国は皺の深い手で顔を覆った。

その陰には、わっちの理不尽なまでの厳しさについてゆけなくなった者たちが確かにいたのだ、と。

「些細な理由で芽が出ず自分でも焦っているところに、わっちが戯言を喚いたばかりに行き場を失くして落ちこぼれてしまった者たちが・・・・・・」

豊国がその事に気が付いたのは、当時一番末っ子の弟子だった国直が十七歳で売れた時だった。若い国直が突然豆が弾けたように一気に売れはじめると、国直は一門の何者によって目を潰されかけた。間違いなく豊国が置き去りにした多くの弟子たちの中の誰かの所業であった。幸い無事に済んだが、一歩間違えれば国政と同じ大惨事になっていた。

(そういう事だったのか)

国芳は慕っている国直の怪我の真相を知り、蒼白になった。

豊国はその事を聞き及び、呵責の念にさいなまれたという。

「深く沈みこんだ時、わっちが初めて歩みを止めて振り返るとそこに、国政がいた。・・・・・・」

輝かしい人気絵師の道から一人外れ、豊国が憐れみで与えた狭い部屋で哀しく役者の面を作っていたはずの国政が。豊国自身、置き去りにしてきてしまった事を心のどこかで重荷に思っていたあの国政が。

「国政は、役者絵の名手として世間から称賛を浴びていた時よりよっぽど生き生きと楽しそうに、魂のこもった張り子の面を生み出しては売り歩き、たくさんの子どもやその親たちを笑顔にしていた。あいつはわっちを見て言った。『父っつぁん、そろそろその鬼のお面を外してはどうですか』と。」

豊国は胸を衝かれた。わっちはいったい、何を守ろうとしていたのだろう、と。

「流派てなア、鵺(ぬえ)みてえなもんだ。癖も得手不得手も何もかもが違う、人の技の集合だ。わっちは歌川流を守ろうとするあまり、生身の弟子の筆から目を背け、個性を殺し、大衆に好まれるような絵を描かせた。だが、それが全てじゃアなかった」

国政の張り子の面のように、様々な個性で結果として人を喜ばせる絵を描く。それもまた一つの「歌川流」のかたちなのだと、豊国は国政によって気付かされたのである。

「ただ、わっちゃア気が付くのが遅すぎた。精力的に新しい弟子を取るには、いささか歳を取り過ぎていた。そして気付きもしなかったが、国政はその頃すでに病にかかっていた。ようやく目の覚めたわっちは、己の愚かさに苦悩した。そんな時、国政が珍しくわっちにある話を持ちかけた」

国政は言った。

先生に紹介したい子どもがいる、と。

聞けば、国政が豊国の門下に入る以前に働いていた紺屋の倅だという。付いていくと、

「その紺屋の倅てえなア、国芳、まだほんの子どものおめえだった」。

古ぼけた貧乏くさい紺屋の壁に似つかわしくないほど活き活きとした鍾馗の絵が、壁に無造作に飾られていた。

技もねえ。

美しさも、ねえ。

だがわっちは、

「宝物を見つけたと思った」。

 

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