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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話

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照れ隠しに憎まれ口を叩いてみても、十四年のうちにようやく貰えたたった一つの褒め言葉が嬉しくて、後から後から涙がこぼれ落ちる。

豊国は再び目を閉じて、小さくクックッと喉の奥で笑った。痩せ衰えた物凄く寂しい顔のはずなのに、国芳には千日紅の花が陽なたに咲くような明るい笑顔に見えた。

「大体父っつぁんは、わっちの絵なんぞまともに見た事ねえじゃねえか」

「見てたさ・・・・・・」

豊国が滲むように笑った。

「おめえの絵は、いつもちゃんと見てた」

「分からねえよ、あんた、何も言わねえんだもの」

国芳は泣き笑うと、豊国は少し憤慨して、

「おめえらはほんに、どいつもこいつもどうしようもない大馬鹿野郎だから、言葉ばかりを欲しがる」

豊国はふうっと息を吐き、

「国貞」

ふいに、国貞を呼んだ。

「はい」

隠居の翁のように床の間の手入れに勤しんでいた国貞は、びくりと細腰を反らせて振り返った。

「花なんざ後にして、ここに座れ」

国貞が慌てて枕頭ににじり寄ると、豊国は恐らくもうほとんど見えてない目を開いた。

「国貞と、国芳。お前ら二人に話したいことがある」

豊国はそう言ってから、言葉を改めた。

「いや、話さなくてはならねえ事だ」

二人の弟子は、師を挟むように左右の枕頭に座り、膝の上でぎゅっと拳を握った。

「国貞は知っているだろうが、おめえらが入門するより昔から長え間、わっちの右腕は国政だった」

豊国は、突然今は亡き一番弟子の名を出した。

「あいつは言わずとも常にわっちを理解し、どんな時も傍にいた。見込んだ通りの売れっ子になって、一緒に合作もやった。だが、長くは続かなかった。あいつがわっちを超えると言われてしばらく経った頃、国政の成功に嫉妬した弟子の一人に、あいつの腕が潰された。無頼漢を雇って、国政の帰り道に襲わせたのさ」

「えっ」

国貞と国芳は、同時に呼吸を呑んだ。

「あいつも諦めずに、元の腕を取り戻そうと役者の面なんぞ作って訓練したが駄目だった。筆が荒れて子ども相手のお遊びの面を作って売るのが精一杯の腕になっちまった」

国直がいつかの夜に語った話の真相が、ようやく理解された。

国政の部屋に今も残された無数の面の数々。その面の数だけ国政は努力し苦しみもがいたのである。

(確か、国政の兄さんは鯛兄イに絵を描かなくなった理由を訊かれて、笑いながら『心変わりだ』と・・・・・・)

いつの時も温厚に笑っていたという国政が心奥に燃やしていた激情と執念を思うと、国芳は気が遠のく思いがした。

「わっちは責任を取るつもりで、国政にあの中庭の見える部屋を与えた。何もしなくていい、ただ一生ここにいろと。心根の優しすぎるあいつはわっちに気を遣い、言う通りに工房に残った。本当は逃げ出したい気持ちもあったろう。しかしあいつは何も言わなかった。言わない代わりに、面を作り続けた。それがあいつが通したかったただ一つの筋だったんだろう。わっちゃアそんな国政をそのまましたいようにさせた。憐れで仕方がなかったのだ。わっちを超す腕と称されながら、一夜のうちに全てを失った一番弟子が」

しかし、豊国は落ち込んでばかりもいられなかった。並行して問題が浮上したのである。国政に代わる歌川流の後継者を、一から育てなければならないという大きな問題であった。

豊国は焦った。

 

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