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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第14話:3ページ目
国芳は、みつの一言を噛みしめながら拳を固く握っていた。
(一歩だ、)
と思った。
これでようやく、はじめの一歩を踏み出したと。
色覚を失ったみつが面白いと思う絵、みつに温度を伝える絵、みつの五感に触れる事のできる絵。
近寄る事すら許されなくなったあの春の日以来、部屋にこもりひたすらそればかりを探し求めてきた。
葛飾北斎の挿絵本、唐本屋の古びた唐本、文字も読めない西洋新聞の切れ端、亜欧堂田善(あおうどうでんぜん)の銅版画。はした銭が入るたびにそんなものを収集して眺め、考えては描き、描いては考えた。
そうして考え抜いた果てに、国芳は浮世絵にはほとんど描かれたことのない陰翳(かげ)を取り入れた。
西洋の新聞の挿絵や田善の銅板画に細やかな線で陰翳が付けられているのを眺めていた時、ふと裏茶屋でのみつとの逢瀬の光景を思い出したのである。
あの日、桐屋の連子窓から絶え間なく差し込む陽光が床に縞状の放射線を描き出していた。
嫌がられるのを承知で画題にあの場所を選んだ理由は、
(あすこならば、少しゃアおみつに何かを伝えられる絵が描ける気がした)・・・・・・
陰翳を描きたかったわけではない。
むしろ、その反対だった。
光のかたちを、描きたかったのだ。
色覚が無く光の苦手なおみつにも見え、そして手に触れる事もできる、温かな光を。
作中イラスト:筆者
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