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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第14話

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手渡した絵の中で、みつがしどけなく横座りしている。背後には連子窓があり、青竹の柵の隙間から月の光が差し込んで、画面いっぱいに放射線状に広がるさまが、陰翳(かげ)によって巧みに示されている。その広がりが絵にいのちを吹き込み、迫真性を持たせた。

(あたしがいる)

とみつは思った。

(あたしの陰翳が、床に落ちてる)

(あたしの背中に差しているのは、これは、光・・・・・・?)

「面白いよ」、

静かに口を開いたみつの表情を見て、佐吉は思った。

この女の笑顔は月の光よりも、江戸の朝を照らす太陽よりも、ずっと眩しい。

「この絵、面白い。あたし、知らなかった。光って、こんなかたちなんだね」

みつはすっかり遊廓言葉(さとことば)を忘れて、少女のように可憐な声で言った。

ずっと、人とは違う世の中を生きているような気がしていた。

廓内(さと)に生まれ、色覚を失くし、目が弱いために昼間のお天道の光は見れず、夜になってようやく外に出てみれば娑婆から流れ込んで来る見ず知らずの男や女に毎日「綺麗々々」と指を指され・・・・・・。

それは千切れ雲のようにふわふわと頼りなく、自分というものがこの世に生きながらこの世にないような、闇の夜を目隠ししたままあてもなく歩いているような、ぞっとするほどの寂寞であった。

しかしこの国芳の絵の中に、光がある。

国芳「あふみや紋彦」国会図書館蔵

「本当言うと、ちっとも期待してなかったよ」

みつは、顔を上げた。

「だってあの人、正月の凧の絵付けもいつも豊国とか国貞の二番煎じみたいな絵を描くんだもの。これだって、別段上手ってわけじゃないよ」

でも、とみつは言った。

「不思議だね、この絵は特別」

「この絵一枚があれば、あたしはもう、この先どんな真っ暗闇だろうと迷わず進んでいけるって思えちまうんだから」。

「あの人に」、

と切実に訴えかけたみつの瞳は、美しい月を閉じこめた水面のように青く澄んでゆらゆら揺れていた。

「国芳はんに、そう伝えてくださっし」・・・・・・

佐吉は頷いたが、本当はその必要はなかった。

実は、国芳はこれを隣の部屋で聴いている。

佐吉に任せて外で待っていようと思ったのだが、矢も盾もたまらずこっそり隣室に通してもらったのである。

 

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