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悪しき因習「村八分」その内訳と、維持しなければならない残りの”二分”って何?:2ページ目
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江戸時代に生まれた(比較的)新しい言葉
ちなみに、この村八分という言葉は江戸時代に生まれたらしく、江戸時代の作家・曲亭馬琴(きょくてい ばきん)は『随筆 兎園小説別集』で「八分するorされる」という言葉について、このように言及しています。
「この俗語、ふるくは聞えず。寛政のはじめより、やうやく耳にふれしを、今は鄙俗の常談となれり」
八分する、八分されるという俗語は寛政年間(西暦1789~1801年)ごろから使われ始め、十数年以上が経った文政年間(西暦1818~1831年)になって定着したそうで、当時としては一種の流行語として見られていたようです。
また「ハチブ」の語源には村八分以外にも、撥撫(バチでなでる=ぶっ叩いて追い払う意)や蜂吹(ハチにぶっ刺されぬよう、みんな恐れて遠ざかる。あるいはハチのように集団で獲物を襲う様子)など諸説あり、恐らくどれが正しいと言うよりも、各地で同時発生的に使われ始めたものと考えられます。
終わりに
現代でも「ハブ(八分)にする」とか、検索エンジンに表示されなくなる「Google八分」など、時代によって形を変えながらも使われ続ける村八分。
日ごろ「いじめはよくない」と言いながら、同じ舌で陰口を叩き、弱い者同士が結託してさらに弱い者をいじめ、疎外する習性は、果たして人間の業なのでしょうか。
古き良き精神を次世代へ伝承していく一方で、こうした悪しき因習については、根絶解消の努力が求められます。
※参考文献:
小学館『日本国語大辞典』小学館、2001年11月
滝沢馬琴『兎園小説別集 八十翁疇昔話 牟芸古雅志 雲萍雑志 閑なるあまり』吉川弘文館、1974年1月
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