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自慢できるコトバの語源 悪しき因習「村八分」その内訳と、維持しなければならない残りの”二分”って何?

悪しき因習「村八分」その内訳と、維持しなければならない残りの”二分”って何?

「解っているんだろうな?そんな事をしたら、お前を村八分にするからな!」

特定の者を集団で疎外することを村八分(むらはちぶ)と言いますが、疎外するなら八分(80%)と言わず、十分(100%)まるごと絶交すればいいのに、ちょっと中途半端な気もします。

残りの二分(20%)は、どうしても維持しなければならないつき合いなのでしょうか?そもそも八分の内訳は?そんな疑問について紹介したいと思います。

どうしても維持しなければならない「二分」のつき合いと、それ以外が全て「八分」

まず、村八分と聞くと「全部で十分あるつき合いのうち、八分を絶つ」というイメージを持つかと思います。

しかし、村社会における人つき合いは、日常のあいさつや農作業(田植えや収穫、害虫駆除など)の助け合いをはじめ、冠婚葬祭、出産や病気の世話、家屋の修繕(災害復旧や屋根の葺き替えなど)、更には入会地(いりあいち。共有山林など)の利用や管理など実に様々で、また互いが密接に関連することも多く、これらをキッチリ十分で量るのは難しそうです。

実際的には「どうしても維持しなければならない二つ」を(便宜上)二分と見なし、残りすべてを八分(十分マイナス二分)と解釈した表現なのでしょう。

それでは、その「どうしても維持しなければならない」二分が何かと言いますと、多くの方が思いつく通り「火事(消火活動)」と「葬儀(死体の埋葬)」になります。

いくら仲が悪いからと言って、火事を放っておけばどんどん燃え広がって被害が拡大してしまうリスクがありますし、どんなに憎たらしい人間でも、その死体を放置しておけば腐敗が進んで悪臭はもちろん、疫病が発生・蔓延する原因となってしまうからです。

それ以外「手を貸さなくても、事態を放置しても自分たちに被害が及ばない」ほとんどの事柄については、村ぐるみで協力を拒否するのが村八分となります。

2ページ目 江戸時代に生まれた(比較的)新しい言葉

 

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