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「どうする家康」大勝利だが拭えぬ不安。第32回放送「小牧長久手の激闘」振り返り:4ページ目
たとえ一人でも食い止める!本多忠勝の剛勇ぶりに秀吉も感動
……秀吉は楽田の本陣にて長久手の先手大敗すと聞て。敵今はつかれたるらん。いそぎはせ付て討とれと其まゝ早貝吹立させ。惣軍八万餘人を十六段になして押出す。小牧山にのこされし諸将の中にも。本多忠勝かくと聞て。 殿の御勢立直さゞる間に。京勢大軍新手を以て押かゝらば以の外の大事なり。忠勝一人たりとも長久手に馳行て討死せんといへば。石川左衛門大夫康通も尤なりと同意し。忠勝も康通もわづかの勢にて龍泉寺川の南をはせ行ば。京勢は大軍にて川の北をゝし進む。忠勝我こゝにて秀吉が軍の邪魔をせば。其間には 殿も御人数を立直さるべしとて。秀吉の旗本へ鉄砲打せて挑みかゝる。流石の秀吉膽をけし。さてさて不敵の者も有ものかな。誰かかの者見知たるやととへば。稲葉一鉄侍りしが。鹿の角の前立物に白き引廻しは。先年姉川にて見覚えたる徳川が股肱の勇士本多平八にて候と申す。秀吉涙をながし。天晴剛のものかな。をのれこゝにて討死し主の軍を全くせんとおもふとみえたり。我彼等主従を終には味方となし被官に属せんと思へば。汝等かまへて矢の一筋もいかくべからずと下知しとりあはざれば。忠勝も馬より下り川辺にて馬の口をすゝがしむ。秀吉其挙動を感ずる事かぎりなし……
※『東照宮御実紀』巻三 天正十二年「秀吉感本多忠勝剛勇」
さぁ中入り作戦が大失敗、大きな犠牲を出してしまった秀吉は、逆転を賭けて大軍を繰り出します。
こうなったらなりふり構わぬ覚悟で8万の軍勢を総動員して家康を叩き潰すつもりです。
この動きを知った小牧山の本多忠勝(ほんだ ただかつ)。出撃した家康の留守を任されていましたが、いても立ってもいられません。
しかし小牧山に残された兵はわずか。敵の進路を妨害したところで、秀吉率いる8万騎を食い止めることなど不可能。一瞬でもみつぶされてしまうでしょう。
「それでも構わぬ。殿を見殺しにするくらいなら、この生命に用はない!」
忠勝の決意に感動した石川康通(いしかわ やすみち)、そうともその通りと同意して、二人でわずかな手勢を率いて秀吉を追いかけます。
「ここから先は、一歩も通さぬ!」
まさに蟻が象に挑むような暴挙ですが、むしろその狂気に驚いた秀吉は、あれは何者かと尋ねました。
「あの鹿角の前立物は、いつぞや姉川の合戦で見かけた本多平八。徳川家中きっての勇士にござる」
稲葉一鉄(いなば いってつ)の解説を聞いて、秀吉は涙を流して感激に打ち震えます。
「徳川殿には、あれほど忠義の勇士がいたのか。実に羨ましい。いつかきっと、徳川殿ともども我が家臣に迎えてみせる。よいか者ども、あの者らに決して矢など射かけてはならんぞ!」
もし忠勝らが殴り込んでくれば、その時は数に任せて押し潰せばよい。秀吉は忠勝の心意気に免じて、進撃を止めました。
すると、その様子を見た忠勝は馬を下り、川辺で馬に水を飲ませたのです。
馬から下りれば機動力・攻撃力ともに落ちます。また馬に水を飲ませれば腹が重くなり、これまた不利は避けられません。
まして目の前には敵の大軍が広がる状況。普通に考えれば愚行以外の何物でもありませんが、生命がけで度胸を示した忠勝の心意気に、秀吉はますます感激したのでした。
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