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大河ドラマ「どうする家康」史実をもとにライター角田晶生が振り返る 「どうする家康」ついに覚醒?した元康、堂々の岡崎入り!第2回放送「兎と狼」振り返り

「どうする家康」ついに覚醒?した元康、堂々の岡崎入り!第2回放送「兎と狼」振り返り:3ページ目

忠勝の父と祖父について

「父は(家康の父)広忠様をお守りして死んだ。祖父は(家康の祖父)清康様をお守りして死んだ。俺のまことの望みは、お前を命を捨てる値打ちのある主君と仰ぎ、守ることだった」

そんなことを言っていた本多忠勝(演:山田祐貴)。その言葉に我が身の不甲斐なさを感じながら、今度はわしがそなたらを守ると元康は覚醒します。

ところで実際のところはどうなのか、本多忠勝の父・本多忠高(ただたか)と、祖父・本多忠豊(ただとよ)の記録をひもといてみましょう。

……忠豊いさめたてまつりて一先御馬を施され、かさねて御本意をとげらるべし。されども敵大軍にしてたやすくしりぞきたまふことがたし。ねがはくば君にかはりたてまつらん。其ひまに御退陣あるべしとて敵軍に駈入、つゐに安城畷にをいてうち死す……

※『寛政重脩諸家譜』巻第六百八十一 藤原氏(兼通流)本多

本多忠豊は天文14年(1545年)、安祥城の合戦において敗走する松平広忠を逃がすため殿軍を務め、織田信秀(演:藤岡弘、)の大軍に立ち向かって討死しました。

……十八年三月十九日あかつきより織田信廣が籠れる安城の城をかこむ。忠高先登して、すでに乗入むとするのとき、城兵前島傳次郎某が矢に当て死す。年二十二……

※『寛政重脩諸家譜』巻第六百八十一 藤原氏(兼通流)本多

本多忠高は天文18年(1549年)3月19日、またしても安祥城を攻めた時、一番乗りを果たしました。が、敵の前島傳次郎(まえしま でんじろう)に射殺されてしまったと言います。

【大河ドラマ/史料の違い】

忠勝の祖父・本多忠豊
清康を守るために討死した/広忠を守るために討死した

忠勝の父・本多忠高
広忠を守るために討死した/単に討死した

しかし細部の違いこそあれ、父祖代々にわたり懸命の忠義を尽くしたことは確か。

幼い頃から育ててくれた叔父の本多忠真(演:波岡一喜)ともども、これからの大活躍に期待です。

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