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お江戸のタイムスケジュール 日本橋、遊郭、長屋…浮世絵で見る、江戸時代を生きる人々のタイムスケジュールはどうなっていた?【午後5時から午後7時頃】

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宵の楽しみ

 

江戸初期、外食産業は棒手振りから食べ物を買って食すことから始まって、やがて屋台が生まれ、その後“煮売り茶屋”という煮物などを売る店でつまみを食べながら店の椅子に座ってお酒を飲むというスタイルが広まり、その後お座敷へと形態も多様化していきました。

この絵は“小料理屋”を描いたものです。畳を敷いた小上がりに上がってお酒と料理を注文します。個室はなく座敷を“屏風”で仕切る程度でした。この“小料理屋”は江戸の人々にとても好まれるようになりました。

 

外食料理の爛熟から生まれた料理茶屋

やがて「小料理屋」よりも高級な「料理茶屋」が生まれます。これは現在でいう“高級割烹”のようなもので、建物や食器はもちろんのこと料理も高級と言われるものを提供しました。

「料理茶屋」には個室があるので、幕府の役人や各藩の交渉役人などが常時寄合を開き、相互の情報交換を行なうするなど重宝に利用しました。また文人墨客も歌会などを催すことも度々ありました。

 

 

これは江戸にあった料理茶屋の見立番付です。江戸時代にはこのように色々な物について番付をすることが流行りました。これは現在のグルメランキングの原型のようなものですね。

 

 

中央下にひときわ大きく「八百善」の名があります。八百善は江戸では徳川将軍家代々の御成りも仰ぎ、ペリー来航の際の饗応料理も担う最上級の料理茶屋として名を馳せていました。

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今更ランク付けするまでもないとされていたのでしょう。三百年続く老舗として、現在も伝統の味を守っています。

ここではその八百善の両隣に書かれている向島の「武蔵屋」と今戸の「金波楼」についてご紹介します。

■向島「武蔵屋」

 

隅田川東側の向島にあった「武蔵屋」は川魚料理で有名でした。贅を凝らした庭園の美しさはよく知られていており、庭の様子が絵の半分以上を割いて描かれています。絵の奥には庭を眺める人がいます。

庭から料理を運ぶ中居の女性や、三味線をそばに置いて客人とお酒を交えて遊び興じる芸者の賑やかさとは対照的な風情が描かれています。

■今戸「金波楼」

 

隅田川西岸の、浅草今戸橋のあたりにあった「金波楼」。会席料理の味はもちろんのこと、文人であり御家人である大田南畝によると、“墨水(隅田川のこと)に臨む金波楼での宴で、あいにく今宵は月は出なかったが、「一曲三絃消宿酔」、絃歌を楽しむことは出来た”と言わしめたほどの風情ある料理茶屋でした。

隅田川に面した金波楼では船を出し、船中で宴を催したりという優雅な遊びが出来たり、数多くの離れの個室があるなど、豪華な「金波楼」の様子が描かれています。

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