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「心頭滅却すれば火もまた涼し」の由来とは?超有名なアノ戦国武将との関係:2ページ目
織田軍による焼き討ちで…
織田軍は恵林寺にも攻め込みます。当時、寺は聖域とされており、いくら敵が匿われているからといってそこを攻めるなど禁忌破りもいいところでした。それでも織田軍は寺の周囲に薪を積み、焼き討ちを仕掛けました。
追い詰められた百人もの修行僧たち。彼らは慌てふためき右往左往します。しかしそんな彼らの狼狽ぶりをよそに、快川は火炎の中で座禅を組んで「この機に臨んでどう法輪を転ずるか、一句言ってみよ」と投げかけます。禅僧として何か気の利いたことを言ってみろ、という感じでしょうか。
弟子たちはそれに応えました。そしていよいよ炎が迫る中で、快川はこう唱えたといいます。「安禅不必須山水 滅却心頭火自涼(安禅必ずしも山水をもちいず、心頭を滅却すれば火おのずから涼し)」。そして自ら燃え盛る炎の中に身を投じました。1582(天正10)年のことでした。
彼の言ったことはシンプルで、「別に静かな山の中でなくても座禅はできる。熱いという心を滅すれば、火も自然に涼しくなる」という意味です。この言葉の起源が古い中国の詩であることは先述しましたが、その後、中国の仏教書『碧巌録』に禅問答の言葉として掲載されていました。だから快川もこのフレーズを覚えていたのでしょう。
有名なフレーズなので、誰しもどこかで一度は聞いたことがあると思います。しかし、これが戦国時代のこんな壮絶なシーンで口にされたものだとは、意外と知られていません。
そういえば、快川を殺した信長も、皆さんご存じの通り最期は本能寺で炎に囲まれます。その時、彼が明智光秀の謀反だと聞かされた時に口にした言葉は「是非に及ばず」だったと言います。
二人の言葉には奇妙に似通ったニュアンスが感じられます。戦国時代という、人の生き死にがごく身近な時代だったからこそ起きてしまったことは泰然自若として受け入れるしかない――。そんな諦めのようにも悟りの境地のようにも見える達観した境地がそこには感じられます。
参考資料
梶山健『臨終のことば 世界の名言』PHP文庫、1995年
臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺ホームページ「法話の窓 心頭滅却」
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