織田信長に殺された悲劇の女城主「おつやの方」がたどった数奇な運命【下】:2ページ目
「散る花の美しさは……」虎繁が信長に降伏
織田軍はかねてより岩村城の糧道を寸断しており、勝頼からの援軍もままならない中、城内では約3,000の兵が戦う前から飢餓状態に陥っていました。
座して力尽きては武田の名折れ……虎繁らは11月10日、起死回生を期して信忠の本陣に夜襲を仕掛けましたが、織田の猛将である河尻秀隆(かわじり ひでたか)や毛利河内守長秀(もうり かわちのかみながひで)らによって返り討ちにされてしまいます。
この戦闘で、これまで艶に仕えてきた遠山家の一族郎党も遠山五郎友長(とおやま ごろうともなが)や小杉勘兵衛(こすぎ かんべゑ)ら多くが討死。武田方は侍大将21名に1,000以上の兵を失い、完全に戦意を失ってしまいました。
「もはや、これまでか……!」
11月21日、虎繁は使者を立てて織田方に降伏を申し出ると、信忠はこれを快諾。大叔母である艶の口添えが功を奏したものと思われました。
「散る花の美しさは、生き永らえて結ぶ実のため。さぁ、今は耐え忍んで勘九郎(信忠)殿にお礼を申し上げましょう」
信長の軍門に降る屈辱はほんのいっとき、いつか必ず武田が捲土重来を果たす時まで……そう言い聞かせたか、艶と虎繁は岩村城を後に、信忠の本陣へ赴いたのでした。
3ページ目 「……夫と共に参りまする」長良川のほとりで逆さ磔に