
犯罪捜査も上の指示が必要!?鬼平・長谷川平蔵が務めた「火付盗賊改」は意外と制約が多かった
火盗改の機動力と武力
『鬼平犯科帳』で活躍する鬼平こと長谷川平蔵は、若い頃の放蕩生活の経験から江戸の闇社会に通じていました。
彼はそうした知見を活かして火付盗賊改の長官として捜査を行い、高い検挙率を誇りました。
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小説では、与力や同心が江戸市中を巡回し、盗賊団の逮捕となれば、夜間であってもその任にあたる様子が描かれています。
あれは決して誇張ではなく、実際に召捕方廻方の与力や手付同心は昼夜を問わず市中を巡回しました。その際の服装は、基本的に袴を着けない着流し姿だったそうです。
巡回は、吉原遊廓、堺町・葺屋町・木挽町などの芝居小屋、相撲興行場、花火会場など、人が多く集まる場所が重点的に行われました。芝居町への臨検は客に迷惑をかけないよう、一人か二人が中に入り、ほかの者は外で待っているというやり方でした。
ちなみに火盗改は、幕府軍の先陣を務める戦闘部隊である御先手組から採用されましたが、三奉行の行政範囲が明確に定められている中で馬や船による移動も自由が与えられ、関東周辺の捜査・捕縛権の自由裁量が認められていました。
また、賊が抵抗すれば切り捨てることも許可されており、取り調べも行うことができました。