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たった一人で織田軍を足止めした歴戦の武者・笠井肥後守高利の壮絶な最期【中編】

たった一人で織田軍を足止めした歴戦の武者・笠井肥後守高利の壮絶な最期【中編】

槍一本で殴り込め!笠井肥後守高利、これにあり!

こうなったら、少しでも時間を稼がなければなりません。

追撃に迫る織田軍の先頭を率いるは、歴戦の猛将・滝川左近将監彦右衛門一益(たきがわさこんのしょうげん ひこゑもんかずます)。相手にとって不足はありません。

高利は織田の大軍に向かって大音声で名乗りを上げます。

「やぁやぁ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!……その昔、頼朝公に御味方して坂東に武名を上げた葛西壱岐守三郎清重が末葉(まつよう)にて、父子二代にわたり武田家三代の覇業を守り立て、数多(あまた)なる戦場(いくさば)にて武勲を奉りし笠井肥後守高利とは我がことなり……!

源平合戦の頃ならいざ知らず、戦国時代にもなるとこんな時代がかった名乗りはすっかり廃れていました。しかし決死の覚悟を固めるため、あえて祖先の功業を再認識することで、自分の守るべき存在、果たすべき使命を確かめたかったのかも知れません。

高利は、かつて勝頼公より戦の恩賞とて拜領せる千手院(せんじゅいん。刀工のブランド)の槍を馬上の武将に突きつけ、殺意と喜悦に満ちた眼光を向けます。

「そこにおわすは、滝川左近殿とお見受けした!いざ、槍合わせ願おう!」

狙いは敵の大将・滝川一益ただ一人。彼を討ち取り、俄かに混乱した敵軍を掻き乱すことが出来れば上々です。

しかし、一益はそんな手の内などお見通し、高利の挑戦に乗るどころか、鼻で嘲り嗤(わら)う始末。

「戯け……徒歩の土侍(どざむらい)に馬上の武者が相手など致すものか……者ども、血祭りにせぃ!」

「「「おおぅっ!」」」

徒歩には徒歩で充分とばかり、雑兵らが束になって槍を突き出して来ます。

「何を小癪な!甲州武者が馬上にあれば、うぬら木っ端侍など相手になるか!徒歩でおるのは武士の情けと知るがよい!」

戦を決するは兵の衆寡にあらず、己が技量と勢い、そして天運。高利はこれまでの戦場に臨んだのと同じ通り、槍一本を奮い舞わして敢然と敵中へ殴り込んだのでした。

【後編に続く】

※参考文献:
笠井重治『笠井家哀悼録』昭和十1935年11月
皆川登一郎『長篠軍記』大正二1913年9月
長篠城趾史跡保存館『長篠合戦余話』昭和四十四1969年
高坂弾正 他『甲陽軍鑑』明治二十五1892年

 

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