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顔も見たくない!?隣国で忌み嫌われた日本の紙幣ベスト3【後編】
日本紙幣に対する反発
【前編】では、渋沢栄一の肖像画が印刷された日本紙幣が、お隣の韓国で忌み嫌われたことについて解説しました。
顔も見たくない!?隣国で忌み嫌われた日本の紙幣ベスト3【前編】
1902年に日本の第一銀行が発行した銀行券が韓国国内で流通しましたが、そこに、「侵略者」である日本人の肖像が描かれたことに韓国の人々は反発したのです。
令和の新紙幣にも渋沢の肖像が描かれていますが、これについても、韓国では大きな反発があったのは言うまでもありません。
さて、渋沢と同様に、日本の紙幣に韓国の人々が忌み嫌う人物が描かれていたケースがあと2つあります。【前編】でも少し説明した通り、それは福沢諭吉と伊藤博文です。
【後編】ではそれについて見ていきましょう。
「侵略主義者」福沢諭吉
まずは福沢諭吉です。福沢は、一万円札にその肖像が使われた人として有名ですね。
福沢諭吉は、明治時代に日本の近代化をリードした啓蒙思想家です。もともと福沢はそうした日本での経験を生かして朝鮮の近代化を支援しようとし、朝鮮国内の開化派に対する経済的・人的援助を惜しみませんでした。
しかし1884(明治17)年の甲申事変で、福沢が支援していた開化派はクーデタに失敗し、捕らえられたメンバーやその家族、一族までもが残忍な方法で処刑されます。
このことに衝撃を受け、彼の朝鮮に対する理解は大きく変化しました。
福沢が創刊した『時事新報』という新聞の1885(明治18)年3月16日の社説に、「脱亜論』という論説が掲載されます。
そこには、日本はアジアでいち早く近代化を進め、アジアの価値観から抜け出した、つまり「脱亜」した国であると書かれていました。
そして、近隣国である清国と朝鮮が古い体制を維持しているのは不幸なことで、清国と朝鮮は東アジアの「悪友」であり、日本は欧米諸国がこれらの国に接するように接していくべきであると主張したのです。
そのため韓国では、福沢は朝鮮(韓国)を蔑み、侵略することを肯定した侵略主義者であると理解されているのです。