戦よりも鷹狩りが好き♡本多忠勝も「いい加減になされ!」と呆れた徳川家康の熱中ぶりがコチラ:3ページ目
「いい加減になされ!」本多忠勝も呆れ顔
……また奥の景勝御追討の時御路すがら軍議をば後にせられ。たゞ鷹のことばかりに御心とめられしさまなれば。本多中務大輔忠勝あまりの御事なりと申せば。いやとよわがかくたはれたる様するは。汝等をしてよき幸得させむがためなりと仰られき。……
※『東照宮御実紀附録』巻二十四
【意訳】また慶長5年(1600年)に上杉景勝を討伐するべく会津へ遠征した際も、軍議をそっちのけで鷹狩りを始めるありさま。
「いい加減になされ!この大戦を前に何をお考えか!」
激怒する本多忠勝に対して、家康は凉しい顔で答えます。
「わしがこうして戯けた振る舞いに及ぶのは、そなたらに武幸を得させんがためじゃ」
総大将たる家康が、あえて鷹狩りに興じることで、忠勝らが伸び伸びと戦える……そんな理屈でしょうか。
忠勝は狸に化かされたような思いで引き下がったことと思われます。
鷹狩りにはメリットたくさん!
……また常に人に御物語ありしは。おほよそ鷹狩は遊娯の為のみにあらず。遠く郊外に出て下民疾苦。土風を察するはいふまでもなし。筋骨労動し手足を軽捷ならしめ。風寒炎暑をもいとはず奔走するにより。をのづから病など起ることなし。その上朝とく起出れば宿食を消化して。朝飯の味も一しほ心よくおぼえ。夜中となれば終日の倦疲によて快寝するゆへ。閨房にもをのづから遠ざかるなり。これぞ第一の摂生にて。なまなまの持薬用ひたらんより。はるかにまされりとの仰なり。されば御好の深くおはしませしは。元より遊略に耽らせたまふにもあらず。一つは御摂生のため。一つには下民の艱苦をも近く見そはなし。山野を奔駈し身体を労動して。兼て軍務を調練し給はんとの盛慮にて。かの晋の陶侃といへるが。甓を運びしためしおもひ出ていとかしこし。(中泉古老諸談。)……
※『東照宮御実紀附録』巻二十四
そんな家康の鷹狩り狂いですが、家康には家康の言い分があったようです。
「よいか。鷹狩りは単なる遊びではないのじゃ。ちゃんと実益も考えておる」
では、その実益とはどんなものでしょうか。
(1)遠く外出することで領民たちの視察ができる。
(2)寒い冬も暑い夏も走り回るのでよい運動になり、健康が保てる。
(3)朝早くから運動するので食事が旨く、夜は早く眠くなる。
(4)自然と房事から遠ざかるため、何よりの摂生となる。
(5)なまじ薬を飲むよりよっぽどいい。病気は治療より予防が大事。
(6)何より将兵らの軍事調練を兼ねることができる。
などなど。また(7)狩った獲物は自分たちの食事になる、や(8)地形を知悉することで戦術を立てられる、も忘れてはいけません。
こんなよいことづくめの鷹狩りですから、家康はこよなく愛したようです。
ただ趣味に時間を浪費するのはもったいない。せっかく時間を使うなら、とことん実益を追求しよう……実に家康らしい趣味と言えるでしょう。
※参考文献:
- 『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション