よく見かける「盛り塩」に込められた意味は?日本神話に通じる由来も紹介します:2ページ目
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皇帝の寵愛を狙う美女たち
さて、そんな盛り塩の起源ですが、他にもちょっと面白い説があったのでそちらも紹介しましょう。
今は昔の太康元年(280年)、中国大陸を統一した晋(しん。西晋)王朝の初代皇帝・司馬炎(しば えん)は、大層な女好きで、後宮(日本で言う大奥)に1万人もの美女を搔き集めました。
日本とはスケールが大違いながら、やっぱりそれだけいると、よりどりみどり過ぎて今夜のお相手を選ぶだけで一苦労です。
そこで、めんどくさくなった司馬炎は自分で美女を選ばず、羊に曳かせた車に乗って広々とした後宮を巡回、羊が止まったところの美女を指名するようにしました。
どうせ誰を選んだってハズレはないのですから、羊の気まぐれに任せれば新鮮味があってよかろう……とでも思って始めたところ、頭のよい美女が、自室の前に竹の葉と塩を用意したのです。
羊が好物の竹の葉を食べ、また塩をなめるために歩みを止めれば、皇帝が自分を指名してくれる……果たして作戦が成功したのか、これにあやからぬ手はないと美女たちは次々に竹の葉と塩を用意するようになり、これが盛り塩の起源とする説もあります。
そう言えば、盛り塩の器に竹の葉を敷いてあることもあり、塩の白を引き立ててオシャレ感を高めていますね。
終わりに
ちなみに、この話にはオチがあって、あまりにみんながみんな盛り塩をするものだから、その小賢しさに嫌気が差してしまったのか、司馬炎は盛り塩をしなかった胡芳(こ ほう。胡貴嬪)が最も寵愛されたそうです。
清らかさを象徴する塩は、真心から相手を歓迎し、もてなすためにこそ盛りたいものですね。
※参考文献:
- 神社本庁教学研究所 監修『神道いろは 神社とまつりの基礎知識』神社新報社、2004年2月
- 内藤湖南『支那史学史1』平凡社、1992年11月
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