雪中で筍堀り?しかも裸足で?この浮世絵に隠された親子の愛情ストーリー
『親孝行、したいときに親はなし』とは古くから広く伝わっている言葉ですが、それは親孝行したいと感じ、それを実行できる頃には親は亡くなっていることが多く、なかなか親孝行できなかったと思う人が多いのかもしれません。
今日は親子の愛情について描かれた浮世絵をご紹介します。
賢母のおしえ
雪の中で筍堀り?しかも裸足で。筍の旬と言えば春を迎える4月です。
一体どういうことでしょうか?
孟宗(もうそう)とは
「孟宗(もうそう)」とは中国三国時代の呉の初代皇帝・孫権に仕えていた「李粛(りしゅく)」に学問を学び、呉の孫権・孫亮・孫休・孫皓と孫家四代に仕えた人物の名前です。
孟宗は幼い頃に父親を亡くして母親の手一つで育てられました。母は勉学に励む孟宗のために大きな布団を作ります。『何故そんな大きな布団を作ったのですか』と聞かれると、
『私の息子には家に人を招くような徳はありませんが、学問を志す人には貧しい人が多いと聞きます。だからこの大きな布団に同じような境遇の者が自然と集まり、交友が深められたらと思って作ったのです』
と答えました。
「李粛」は孟宗が夜が更けていくのも忘れ書を読み耽る姿に、“国のために大きな仕事を担える器がある”と評しました。
その後、孟宗は呉の武将である「朱拠(しゅきょ)」の軍吏となり、陣営に母を迎えて暮らすことになりました。しかしそこは雨が降ると雨漏りがするのです。
孟宗は自分がいつまでも鳴かず飛ばずのせいで、そのうえ雨漏りするような家に母を住まわせることになるとはと、孟宗は泣いて母に謝まりました。
母は『今はただ励み勉める時です。雨漏りぐらいで何を泣いているのです』と孟宗を励ましました。
その後、朱拠は孟宗の才覚を評価し、塩池という地方の“司馬”という上級官職に任命しました。
孟宗はその地で自ら網を編んで魚を獲り、鮓という魚の保存食を作って母に届けます。しかし母は『司馬というのは人民を治め、導くのが仕事です。こんなことをしている暇はないはずですよ』と孟宗を叱りました。