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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第28話:2ページ目
そして視線が固く結び合ったその時、誰かがみつの肩口を叩いた。
「ちょいと失礼。あーたの間夫、絵描きなのかえ?」
・・・・・・「え?」
みつはふわりと男を見上げた。
国芳よりは年嵩に見えた。
涼しげな麻の着物は着馴染んだ様子で、あごには無精髭を生やし、お世辞にも清潔とは言えない。しかしそれが不思議と男の雰囲気に合った。
「ああ、違えねえ。たしかに筆だこがある。そんなら話が早い。おい、若えの。あーしも絵描きだ。同業のよしみで、あーたの女をあーしに譲ってくんな」
「はあ!?」
国芳はガタンと立ち上がり、凄んだ。
「おお怖い怖い。別に本気で譲れというのじゃあねえさ。あーしはこの花魁を客として買おうって話だ」
「なんでえ、急に横入りしてきた上にみつを譲れだと!?けしからねえ野郎だな!」
「あら、善はんと仲良くなるのは悪い話じゃおっせんわいな」
善と呼ばれた男の陰に腰掛けていた女が、うぐいすが味醂を舐めたような甘ったるい声音で国芳を制した。洗いたての艶やかな黒髪がはらりとしだれかかる細面の美人だ。
「善はんはこれでも人気絵師。どんな女も綺麗に描かさんす」
女の億劫げな受け口がため息をこぼすように言葉を吐いた。
顔にかかった髪を払うと女の顔が露わになった。どこか不安げな眉、切れあがった目に暗い陰翳を落とす濃い睫毛、すっと通った鼻梁。万人受けする容貌ではないが、なぜかその一つ一つからぞっとするほどの色気が香った。
「絵師?画号は?」
みつが訝しみながら訊くと、
「申し遅れやした、あーしゃア英泉。渓斎英泉(けいさいえいせん)ッてんのさ。」・・・・・・
「え!」
その名を聞いて一番に飛び上がったのは、国芳だった。
渓斎英泉。
今、浮世絵の流行の先端をゆく名前である。
この人物の出現で、江戸の美人画の流行はがらりと一変したと言っても過言ではない。
鳥居清長(とりいきよなが)に代表される鳥居派、その後大首絵で一世風靡した喜多川歌麿、または文化期に流行した英泉の師である菊川英山(きくかわえいざん)などが描いた、ひょろりと細く嫋やかで上品な美人画の時代は、この渓斎英泉の手によって幕を引かれた。
英泉の描く美人はそれまでの浮世離れした天女のような女とは、明らかに異質である。首を縮こませ、斜から見上げるその表情はどこか物憂げで歪(いびつ)でひねくれていて、その突き出した小さなくちびるは溜息を漏らしそうなほど生々しい色気があった。
これが今の退廃した時代に大いに受け、今や地本問屋の店頭には、歌麿や英山に取って代わって英泉が並んでいる。
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