ありがたや!部下にとっておきの煙草を惜しみなく分け与えた西郷どんのエピソード:2ページ目
「西郷先生。煙草の無かことなりもしたから、少しお分け下さらぬか」
気前のよい西郷のことだから、きっとある中からいくらかでも分けてはくれるだろう……そう期待してお願いしてみたところ、西郷はいつもの調子で答えました。
「さうや、そいなら、善か品(と)を呈(あ)げんなら(意:そうか。それならよいものをあげよう)」
そう言って西郷は上等な刻み煙草の袋を取り出して封を切り、その大部分を鷲づかみにして惜しげもなく分けてくれました。
「こんな上等なものを、しかもこんなに沢山いいんですか?」
「それで最後じゃから、みんなで分けろ」
くれるにしても、普段吸っている安い煙草をちょっと(何なら恩着せがましく)分けてくれる程度かと思っていたのに、それまでとっておきにしておいた上等の煙草を、みんなのために惜しげもなく分けてくれるとは……。
そんな西郷の姿に感動した根占潔は、これをおし戴いて陣地に戻り、みんなに分けます。自分の分は一服だけ吸うと、残りは大切にしまい込んで
「此物(こんと)は先生が與(く)いやつたとぢやツて、死ぬまで御神符(おまもり)にすッとぢやらい」
仲間にそう語って、最期まで大切にしたそうです(恐らく討死したものと思われますが、記録がありません)。
終わりに
城山籠城の際、諸物窮乏の中にも、喫煙者は煙草の缺乏を苦しみ、草木の葉を乾して之を吸用す。一日根占潔(桐野の甥)といふもの思ふには、今時煙草を所持するは、西郷先生の外ある可からずと。因つて先生の居所大手口(照国社裏手上り口)の上なる兒玉邸(今、鉄砲臺あり)を訪うて、「先生煙草が無かことなりもしたから、少し給はんか」と懇請しければ、翁は、「さうや、そいなら、善か品を呈げんなら」と言つゝ、やをら身を起して、背ろの袋戸棚より上等刻煙草の袋を取り出し、封を切り、大部分を鷲攫みにして與へける。根占は、翁が座右常用の煙草にても與へらるゝと思ひの外、珍蔵の優良品を惜氣もなく惠まるゝに會うて、感激の餘り、おし戴いて還り、其を吸はゞこそ、「此物は先生が與いやつたとぢやツて、死ぬまで御神符にすッとぢやらい」と傍輩に語つて大切にしたりと。(後略)
※参考文献「逸話」より
非喫煙者からすれば、ただ「西郷さんに頼んで、煙草を分けてもらった」だけに過ぎないエピソードですが、喫煙者にしてみれば、まさに干天の慈雨にも等しい喜びだったことでしょう。
もらった根占潔の喜びはもちろんのこと、あげる西郷さんとしてみれば、まさに自分の命を削って相手に施すくらいの痛みをともなったはず。
自分を慕って兵を挙げ、生死を共にしてきた部下たちを我が子のように慈しんだ西郷さんらしいエピソードとして、人々に親しまれています。
※参考文献:
山田済斎 編『西郷南洲遺訓 附 手抄言志録及遺文』岩波文庫、1939年2月