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なんと生涯で敗訴73回!それでもめげない戦国武将・曲淵吉景のまっすぐで不器用な人生

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エピローグ

勝左衛門は武田家滅亡(天正十1582年)まで戦い抜いて武功を重ね、その後は武田旧臣を取り込んだ徳川家康(とくがわ いえやす)に仕えて小牧・長久手の合戦(天正十二1584年)や小田原征伐(天正十八1590年)に従軍。

長久手の武功によって家康から兼光(備前長船。刀)を拝領したとも言われ、苗字をとった「曲淵兼光(まがりぶちかねみつ)」として現存しているそうです。

刀と言えば、かつて勝左衛門が恩賞として晴信から脇差を賜ったところ、何が気に入らなかったのか「こんなもん要るか!」と投げ返したことがあったそうです。よく首がつながっていたものですが、晴信も「この頑固者だから、仕方ない」と苦笑していたのかも知れません。

そんな勝左衛門は文禄二1594年11月23日、77歳の生涯に幕を下ろしたのでした。どこまでもまっすぐ頑固で偏屈で……だけど、一度主君と思い決めたら最期まで忠実に全力で奉仕する姿は、まるで甲斐犬(かいけん。山梨県の在来犬種)を思わせます。

あまりにも不器用すぎて衝突ばかり繰り返す勝左衛門でしたが、それでもどこか憎めず、みんなから一目置かれていたのは、その無私無欲ゆえでしょう。

ちょっと極端すぎるきらいはあるものの、こういうバカ正直な人間の情熱は、とかくニヒリズムに陥りがちな現代社会の私たちに、何かを訴えかけてくるようです。

※参考文献:
『日本人名大辞典』講談社、2001年12月
柴辻俊六 編『武田信玄大事典』新人物往来社、2000年10月

 

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