気分だけでも春を感じて。詠み継がれる日本の心「桜」がテーマの和歌おすすめ8首を紹介:2ページ目
願はくは 花の下(した)にて 春死なん そのきさらき(如月)の もちつき(望月)のころ
※『山家集』より、西行法師(元永元1118年生~文治六1190年没)
【意訳】出来ることなら、人生の最期は旧暦2月の十五夜、満開の桜の下で迎えたいもんだ。
桜にまつわる和歌と言えば、こちらが定番。死という人生で最も寂しい瞬間こそ、最も華やかに迎えたいもの。結局、みんな独りなのですから。
花の色は 昔ながらに 見し人の 心のみこそ うつろひにけれ
※『後撰和歌集』より、元良親王(もとよししんのう。寛平二890年生~天慶六943年没)
【意訳】桜の美しさは昔からずっと変わらない。変わるのは、それを見る人の心だ。
かつては同じ花を見て、その美しさを共に愛でたあなたの心は、すっかり変わって遠く離れてしまった、そんな情景が思い起こされる一首です。
しかし、別れがあれば出会いもあるもの。元気出していきましょう。
深山木(みやまぎ)の その梢(こずゑ)とも 見えざりし 桜は花に あらはれにけり
※『詞花和歌集』より、源頼政(みなもとの よりまさ。長治元1104年生~治承四1180年没)
【意訳】山深い木々の中、その梢に花が咲いたので、ようやくその樹が桜だと見分けられた。
桜は咲かねばそれと判らぬ……武士は戦わねばそれと判らぬ……穏健で争いを好まず、限界まで平和主義を貫いた彼が、最後の最後で「武士の意地」を示した人生を表しているようです。
桜も武士も、散り際こそが美しい……彼の志は、後に武士の世を築く礎となりました。
山峡(やまかひ)に 咲ける桜を ただ一目 君に見せてば 何をか思はむ
※『万葉集』より、大伴池主(おおともの いけぬし。生年不詳~天平勝宝九757年没)
【意訳】山の中に咲いているあの桜を、一目でいいんだ。あなたに見せることが出来たなら、もう何も思い残すことはありません。
あなた、とはやはり大伴家持。よっぽど彼の事を愛していたのでしょうね。後に橘奈良麻呂(たちばなの ならまろ)の乱に加担した罪で獄死した池主は、最期まで自分の事よりも彼の幸せを案じ続けたことでしょう。
世の中に たへて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
※『古今和歌集』より、在原業平(ありわらの なりひら。天長二825年生~元慶四880年没)
【意訳】もし、この世から桜がなくなってしまったら、春はもっと穏やかな季節になるだろうね。
美しく咲いて心を浮き立たせ、儚く散っては心を惑わせる。古来日本人の心情を大きく揺さぶり続けた桜の花さえなくなれば、春はどれだけ平和な季節に……そして味気なくなることでしょうか。
何があろうと、今年も春がやって来る。これまでも、これからも。詠み継がれる桜の花は、日本人の美意識に強く訴え続けます。
※参考文献:
佐竹昭広ら校注『万葉集』岩波書店、2013年1月16日
久保田淳『久保田淳著作選集 1 西行』岩波書店、2004年4月6日
与謝野晶子『みだれ髪』新潮文庫、2000年1月1日
松田武夫校訂『後撰和歌集』岩波文庫、1945年2月15日
川村晃生ら『金葉和歌集 詞花和歌集』岩波書店、1989年9月20日
佐伯梅友校註『古今和歌集』岩波文庫、1981年1月16日