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そんな理不尽な!しょうもない理由で改名させられた鎌倉幕府の御家人・北条時連のエピソード

そんな理不尽な!しょうもない理由で改名させられた鎌倉幕府の御家人・北条時連のエピソード

「連とは卑しき……」知康の暴言

さて、夜は鎌倉中のキレイどころ(白拍子や遊女)を召し集めて、呑めや唄えやドンチャン騒ぎ。皆さん大いに楽しんでいましたが、さすがは京の都人、世渡り上手の知康は、銚子を抱えてあっちゃこっちゃとお酌に余念がありません。

そんな中、時連の元へも回ってきた知康は、自分もしこたま呑んで酔っていたのか、口を滑らせて言い放ちます。

「五郎殿はイケメンで立ち居振る舞いも立派で上品、おまけに蹴鞠の腕前も抜群ながら、そのお名前が下劣にございますな」

【原文】北條五郎は容儀といひ進退といひ、抜群といひつべきところに、實名はなはだ下劣なり……

※『吾妻鏡』建仁二年6月25日条

いきなり面と向かって「お前の名前は下劣だ」とは、ずいぶんなご挨拶もあったものですが、戸惑う時連を前に、知康は得意気に続けます。

連(つら)とは銭に貫き通してまとめるヒモのこととて、卑しき庶民の道具にございます。まぁ……かつて紀貫之(きの つらゆき)なる歌仙(かせん。和歌のカリスマ)がおりましたが、彼にあやかろうなど厚かましい。早う改名なされた方が……」

【原文】時連の連の字は銭貨を貫く儀か。貫之歌仙たるによつて、その芳躅(ほうちょく)を訪(とぶら)ふか。かたがた然るべからず。早く名を改むべき……

※『吾妻鏡』建仁二年6月25日条

そのやりとりを聞いていた頼家公は、時連を嘲り笑いながら改名を勧めます。

「はあ。然らば『時房(ときふさ)』とでも……」

不承不承ながらも時連は改名に同意し、後に北条時「房」と名乗るようになったのですが……。

4ページ目 「許せない!」尼御台・北条政子の大激怒

 

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