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囚人が囚人を始末!?江戸時代、伝馬町牢屋敷の牢獄内が怖すぎる

囚人が囚人を始末!?江戸時代、伝馬町牢屋敷の牢獄内が怖すぎる

入ると教えられる牢内法度

新入りは入牢すると、まず牢役人の二番役から牢内法度を教えられました。二番役は牢役人の中でもかなり地位が高く、新入りの教育係的存在も担っていました。もちろん、二番役の新人教育は超スパルタです。江戸後期に書かれた資料「獄秘書」などからその一例を引用してみましょう。
「娑婆からうしゃアがった大まごつきめ、磔(はッつけ)め、素っ首を下げやがれ!」といきなり罵倒。その後は長いので意訳すると「てめえのような雑魚にゃ夜盗もできめえ、火つけもできめえ。櫛かんざしでも盗んでまごまごしてるうちに、しょうもない罪で捕まったんだろう。どうしてここに来たか有り体に言ってみろ」とまあ無茶苦茶言っていますが、まずは新入りが捕まった経緯、犯した罪を聞き出します。

物の呼び名が変わる

その後、二番役は牢内では様々な物の呼び方が変わる事を教えます。まずは「詰教え(つめおしえ)」といって牢内のトイレについて教えました。「娑婆じゃあ雪隠とか言っただろうが、御牢内じゃア名が変わり、詰(つめ)の神様と言う」「娑婆じゃあ帯とも褌とも言おうが、御牢内じゃ名が変わり、帯は長物、褌は細物と言うぞ」など。

貢がねば囚人によって殺された

牢屋内の人数が飽和してくると、内部の囚人によって人数の調整が行われました。恐ろしい話ですが、暮らしやすい程度に牢内の人間を殺し、人数を間引いていたのです。始末の対象としては、牢内の規律を乱す者や、外部からの差し入れが少ない者、はてまたはいびきがうるさいなど、ささいでも共同生活に不都合な事をもたらす者から始末されました。

時の鐘は死刑執行の合図

この伝馬町牢屋敷の西大獄内の詳細な描写がある歌舞伎の演目「四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)」では、ゴーンゴーンという鐘の音を合図に死刑囚の刑が執行され、幕切れとなります。これは事実に基づいた描写であり、実際に処刑日には日本橋本石町の時の鐘が鳴り終わると、死刑が執行されました。その日には、本石町の鐘の当番は鐘を鳴らす時間を少しでも引き延ばし、僅かな情をかけてやったと言います。

 

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