【光る君へ】藤原道長の栄華を支えた正室・源倫子の甥・源経相とは何者?その生涯をたどる:2ページ目
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源経相・略年表
- 天元2年(979年)1歳
日付不詳:誕生 - 長和2年(1013年)35歳
1月24日:見前紀伊守 - 長和5年(1016年)38歳
11月11日:見丹後守 - 時期不詳:従四位下
- 治安2年(1022年)44歳
1月28日:備前守 - 万寿3年(1026年)48歳
1月:辞備前守 - 長元9年(1036年)58歳
日付不詳:三河守か - 長暦3年(1039年)61歳
10月7日:卒去
※「見」とはその日に任官したのではなく、史料に見える=その時点で(それ以前から)任官していたことを意味します。
※「前(さきの)」とは元職のこと。
※卒去(そっきょ)とは四位・五位の貴人が亡くなること。三位以上は薨去(こうきょ)。
終わりに
今回は源倫子の甥・源経相について、その生涯をたどってみました。こうして振り返ると、何とも地味ですね。
いわゆる受領階級(ずりょう。国司)であり、『源氏物語』では何か残念な感じに描かれがちな身分でした。
(それでも六位以下の下級官人や庶民からすれば、雲の上にいる存在なのですが……)
道長の姻族であるから大層出世したのかと思いきや、そんな事はあまりなかったようです。
しかし彼らの一人ひとりが全国各地の富を土御門家に集結させ、道長の覇権を下支えしたのでした。
NHK大河ドラマ「光る君へ」にはまず登場しないものの、こうした中級貴族たちの存在を、劇中あちこちに感じたいものですね。
※参考文献:
- 『尊卑分脈 第三篇』吉川弘文館、1987年6月
- 宮崎康充編『国司補任 第四』続群書類従完成会、1990年8月
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