入山料、時間規制…「富士山」はなんで揉めたのか? 本来の”開山”と”閉山”の意味とは?:2ページ目
開山と閉山は修験道で使われた言葉
元々、「閉山」「開山」は修験道で使われた言葉でした。
修験道は、山々を神として崇拝した山岳信仰をもとに、神道・仏教・道教が融合して生まれた宗教で、険しい山にこもり難行苦行することによって、法力や呪力験力を獲得できるとされていました。
「修験」は「修行をして迷いを除き、験徳をあらわす」という言葉からきており、開祖は「役の小角」(のちの役行者)とされています。
これらの霊山とされている山々は山伏や僧侶たちのみ立ち入ることができ、一般人(俗人)は立ち入ることを禁止されていました。
しかし江戸中期以降、各地に山岳信仰の「講」が結成され講中登山が行われるようになります。俗人の信徒たちも山頂に祀られている神を拝みたい、という思いが大きくなったのです。そのため、日数を決めて山を俗人に開放するようになりました。
これがいわゆる「山開き」=開山です。初日をとくにお山開きとよび、信徒たちは山に登れることを祝いました。
また、こういった信徒を導くための「御師」という職業も生まれ、富山の立山や富士山も大いに賑わいました。
最終日は「山仕舞い」=閉山とよび、山はまた修験者たちの世界となりました。
現在の開山祭では麓の神社から神を山頂にお祭りし、閉山祭では山頂の神社から神を麓にうつすという意味合いもあります。これらの儀式や祭りは、現在では観光名物として観光客を呼び込むのに一役かっています。
まとめますと、修験者や僧侶しか入れない聖地とされてた山に、一般の人も入山してもよいとした期間、ということになります。
ですので、開山・閉山には宗教上の意味以上の法的拘束力はありません。
多くの山で冬季に山小屋が閉まるのは、「雪や凍結で営業ができず、登山客も少ない」という現実的な理由が主なのです。