「致し方なし」!?満州事変で関東軍の侵略行為はいかにして承諾されたか
止められなかった関東軍
基本的に、満州事変が起きて、止めることができなかった理由は「当時の軍部の暴走」で片付けられがちですが、実際にはそう単純ではありませんでした。
軍部と言っても当地の関東軍に限りませんし、当時の天皇や政治家、マスコミ、アメリカなどの動向がそれぞれ影響を与え合い、誰もが手探りで事を進めていたところがあったからです。
そこでこの記事では、満州事変を止められなかった理由のひとつにスポットを当ててみましょう。
いわゆる「関東軍の謀略と独断」で引き起こされた満州事変ですが、実際にはトントン拍子に進んだわけではありませんでした。当時、政府には関東軍の侵略行為を止める方法がありましたし、実際「不拡大」方針も表明されています。
それなのに、関東軍の侵略行為はストップしませんでした。これは何故だったのでしょう?
満州侵略は不可能だった!?
当時の日本は世界恐慌のあおりを受けて経済危機に陥っていました。かろうじて経済破綻せずに済んだのは、大きな輸出先の一つであるアメリカのおかげだったのです。
しかし満州事変はアメリカから見れば日本の侵略行為です。経済制裁を受ける可能性は大いにありました。
関東軍も、経済制裁を受ければ軍事活動が行えなくなります。よってアメリカによる経済制裁だけは回避したいところでした。
一方、政府は中国との関係も良好に保っておきたいと考えていたので、満州事変も不拡大の方針をとっていました。予算を与えず、後方支援を断つことで関東軍を抑えようとしたのです。
関東軍も後方支援が望めなければ侵略を進めることはできません。小規模の関東軍では、十分な兵士の数と軍事物資なしに中国軍と戦うのは不可能でした。
こうした状況を見ると、関東軍が侵略を進めていくのは不可能に見えます。それなのに、なぜ止めることができなかったのでしょうか?
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