最長で200年説も!戦国時代とはいつからいつまでを指すのか?諸説をまとめました:2ページ目
地方から中央へ……徐々に全国を蝕んでいった戦国の動乱
まず、戦国時代の始まりについて、諸説をまとめてみましょう。
- 永享の乱によって奥羽(東北地方)が幕府の支配を離れた永享10年(1438年)
- 鎌倉公方が関東管領を暗殺(享徳の乱)、幕府と対立した享徳3年(1454年)
- 応仁の乱が勃発した応仁元年(1467年)
- 明応の政変により、将軍家が分裂した明応2年(1493年) ……など。
こうして見ると、室町幕府の権威が弱まり、京都から遠い地方より戦乱が勃発、やがて中央でも抑えきれなくなって戦国時代へなだれ込んでいった様子が分かります。
九州・中四国地方では大規模な叛乱こそ見られないものの、播磨(現:兵庫県南部)の赤松氏による足利将軍の暗殺(嘉吉の乱。嘉吉元年・1441年)など中央権威を否定する志向が顕著になっており、中央から離れるほど混迷の度合いを深めていたことでしょう。
それまで天下に号令していた足利将軍の暗殺はこれが初めてであり、全国に与えた影響の大きさはもちろんのこと、西国における戦国乱世の兆候を示していると言えそうです。