タトゥーアーティストと漫画家に聞く、浮世絵師・歌川国芳の浮世絵と刺青の深〜い関係?
現在、東京・原宿の太田記念美術館で、浮世絵師・歌川国芳(1798-1861)が描いた水滸伝の豪傑たちにスポットを当てた浮世絵展「国芳ヒーローズ〜水滸伝豪傑勢揃」が開催中(10月30日まで)です。当時「武者絵の国芳」と言われた国芳の本領が遺憾なく発揮された浮世絵シリーズ《通俗水滸伝豪傑百八人之一個(一人)》を、色鮮やかな作品群で堪能できます。
同シリーズでひときわ目を引くのが、豪傑たちの肌を彩る華麗な刺青。国芳が浮世絵に描いた刺青は、当時の刺青の流行に大きな影響を及ぼしたと考えられています。また現代に至るまで、国芳の浮世絵はタトゥーの人気の図柄として愛され続けています。
現代のタトゥーアーティストにとって、国芳とはどんな存在なのでしょうか。今回、タトゥー専門誌『TATOO TRIBAL』に協力をいただき、太田記念美術館からもほど近い原宿のタトゥースタジオ「THREE TIDES TATTOO」に所属するタトゥーアーティストのGANJIさんにお話をうかがいました。
「THREE TIDES TATTOOに来るお客さんは、海外の方が圧倒的に多いんですが、和柄はやはり人気です。様々な浮世絵作品が引用されている中でも、ダントツは国芳。特にこの水滸伝のシリーズは人気です」
GANJIさんが手がけるタトゥーの図柄は、浮世絵や絵巻物などに描かれたモチーフが中心です。インタビュー中、「国芳ヒーローズ〜水滸伝豪傑勢揃」展のカタログの1ページ1ページをじっくり味わうように眺め、ページをめくるごとに「かっこいいなぁ」とため息まじりにつぶやくGANJIさん。
「僕もそうですけれど、タトゥーアーティストは大抵みんな、(参考資料として)国芳関連の書籍や展覧会カタログを一通り手元に揃えていますよね。それで、どうしても欲しい一図が載っている本が出たりすると、ほぼ内容が同じような本でも、その図のためだけにまた買っちゃう(笑)そうして面白いモチーフを部分的に切り取ったり、組み合わせたり」
今回の太田記念美術館の展覧会カタログは、1ページ1図を原則とし、国芳の浮世絵をほぼ原寸大のフルカラーで見られるようにしています。GANJIさんのようなタトゥーアーティストをはじめ、熱心な国芳ファンには嬉しいカタログです。(今回の展覧会は前後期で作品全点を展示替えしています。前期展示を見逃した方はカタログで!)
「タトゥーアーティストもそれぞれで、元の浮世絵になるべく忠実に描く人もいれば、自分なりのアレンジを加える人もいます。僕の場合は、国芳の浮世絵のモチーフに、少しグロテスクさというか毒っけを加えます。国芳の浮世絵は、カッコイイ武者絵でも、着物の柄をよく見るとかわいらしい動物が描かれていたり、そういう意外な組み合わせがたまらないですね」
ご自身も全身にタトゥーを入れているGANJIさん、クールな外見とは裏腹に(?)実は大の愛猫家という意外な一面もまた、筋骨隆々の武者絵から微笑ましい戯画まで幅広い国芳の浮世絵の世界に相通じるものがあるように思いました。GANJIさんの猫を抱いた自撮り写真は、まるで弟子の暁斎が描いた国芳の肖像(『暁斎画談』外篇之上)のよう。
GANJIさんからお話をうかがっていると、国芳の浮世絵が200年前の古美術としてではなく、とても身近なものとして日本文化の中に息づいているように感じてきます。
もしかしたら、鎖国体制下の江戸時代、国芳が描いた中国の英雄たちに人々が感じたエキゾチックな魅力は、現代の外国人が和柄のタトゥーにもつ憧れに近いのかもしれません。また近年、世界的に国芳の浮世絵が注目されているのは、国芳が描いた勇壮さや滑稽さ、あるいは愛らしさが、時代や言語を越えた普遍的なものであるということでもあるでしょう。
なお、若き日の国芳を描いた漫画「大江戸国芳 よしづくし」を発表(『週刊 漫画ゴラク』にて11月11日号(10月28日発売)より4号連続で第2章掲載)している漫画家の崗田屋愉一さんは、国芳の浮世絵と現代のタトゥーについてこう語っています。
「昨今のタトゥーアーティストが、国芳をはじめとする浮世絵の柄を熱心に学び独自のテイストを取り入れて作家性を出し、古典を「時代遅れ」にさせないのが素晴らしいと思います。もし国芳が現代のタトゥーアーティストの技を見たなら、きっと興奮して水滸伝の新作を描いてしまうのではないでしょうか」。
崗田屋さんは、漫画作品の中で、国芳の《通俗水滸伝豪傑百八人之一個(一人)》シリーズ誕生の鍵を握る人物とされている梅屋鶴寿の背中に見事な龍の刺青を描いています。これは、江戸時代の狂歌師たちを水滸伝の登場人物に見立てた『狂歌水滸伝』という本の中で、鶴寿が九紋龍史進(九頭の龍の刺青をしている)に見立てられていることに着想を得ているとのこと。実際に鶴寿が刺青をしていたかは現在のところわかっていませんが、今後漫画の中で、この鶴寿の刺青にまつわるエピソードがどのように展開するのか、楽しみです。
タトゥーという切り口から国芳の浮世絵を見てみることで、作品をより当時の人々と近い感覚で見たり、江戸時代の流行や文化が浮世絵というメディアを通じてどのように拡がっていったのかを知ることができるかもしれません。
展覧会情報
特別展 国芳ヒーローズ 〜水滸伝豪傑勢揃
会期:2016年9月3日(土)〜10月30日(日)【前期 9月3日(土)〜27日(火)、後期 10月1日(土)〜30日(日)】
休館日:9月5日(月)、12日(月)、20日(火)、26日(月)、28日(水)〜30日(金)、10月3日(月)、11日(火)、17日(月)、24日(月)
会場:太田記念美術館
入館料:一般 1,000円、大高生 800円
タトゥースタジオ THREE TIDES TATTOO(TOKYO)
東京都渋谷区神宮前 3-24-2
ホームページ
崗田屋愉一さんの漫画作品
『大江戸国芳よしづくし』…若き日の国芳を描いた作品。『週刊漫画ゴラク』10/28号より4号連続、第2章掲載。
『ひらひら 国芳一門浮世譚』…壮年期の国芳とその一門を描いた作品。岡田屋鉄蔵の名前で発表。第16回文化庁メディア芸術祭推薦作品。太田出版よりコミックス発売中。
※その他の作品情報は崗田屋さんのウェブサイトを参照ください。
取材・文=松崎 未來
協力=太田記念美術館、『TATOO TRIBAL』