古くから死罪や晒し首の舞台となっていた処刑場「三条河原」に散った幕末の志士や戦国武将たち【後編】:2ページ目
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斬首と晒し首の歴史
斬首刑の歴史は古く、日本においては平安時代には武士に対する処遇として行われていた。戦国期の武士の間では切腹後の介錯として用いられたが、庶民に対する刑罰としては斬首のみとされた。
晒し首の慣習は平安時代から存在した。時代によって方法は異なるものの、一般的には斬首刑に処された人物の首を台の上に乗せ、数日間見せしめとして放置した。落とした首を辱めたり、携帯して市中を練り歩くこともあったという。
三条河原では記録や記憶に残らない斬首や晒し首も多く存在したといわれる。現在の河原に掛かる三条大橋周辺は、近代的な整備が施され当時の面影を見ることはできない。
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