”えこひいき”な人事の結果…武士道テキスト『葉隠』が伝える佐賀藩士たちの嘆き:2ページ目
「えぇいうるさい、大丈夫じゃ。我らがきちんと選抜すれば、おかしな者が混じることなどないわ。そもそも格下の分際で盾突くなど不埒千万。控えよ!」
「……ははあ」
この争論によって御部屋付を務めていた羽室(はむろ)某や大隈(おおくま)某が職を辞して浪人することとなりました。
「大胆な人事刷新は、藩政改革の第一歩。さぞや殿の覚えもめでたかろうて……」
そして手明槍の中から御側年寄によって依怙贔k……もとい「きちんと選抜」された20名が究役(きわめやく)に取り立てられ、藩主らとコネを作って大いに出世したということです。
究役とは犯罪の取り締まりと簡易な(奉行や藩主の判断を仰ぐまでもない)裁判を行う保安官で、地元では大きな権限(検断権)を持っていました。
古今東西、資質のない者に権力を持たせるとロクなことにならないのはお約束ですが、ここでも「きちんと選抜」された者たちは与えられた権力を大はしゃぎで振り回します。
彼らの意に反した者が冤罪で罰せられたり、逆に賄賂を貰って悪事が見逃されたりなど、それこそ究役のヒマがなくなるほどに不正が横行するようになってしまったのでした。
終わりに
一六九 新儀と云ふは、よき事にても悪事出来るものなり。先年御参観前、御側年寄など僉議にて、この度将軍宣下御能に、人多く入り申し候間、御馬廻組の手明槍、侍役をさせ兼々御見知りなさるためにもよく候とて、数人召し連れられ候様仕られ候、巧者の衆は悪事の基と申し候が、争論出来、御部屋付、羽室、大隈など五人浪人仕り候。また侍御見知りなさる為とて、究役二十人申し付けられ候、それより究役の隙これなきほどに悪事多く候。
※『葉隠』巻第一より
とかく新儀を巧み出すのは、パッと見こそよく思えても、よくない結果を招きがちである……今回の事例では、御側年寄の者らが手明槍らの人品を正しく見定めず、依怙贔屓で過分に取り立てたことが原因と言えるでしょう。
「結局のところ、藩政改革に名を借りた依怙贔屓に過ぎぬではないか!」
時に応じて新しいことを採り入れる姿勢は大切ですが、あまり性急な変化は副作用が起こることも多いため、よほどの緊急時を除いては充分な吟味と慎重かつ段階的な漸進姿勢が大切であることを現代に伝えています。
※参考文献:
小池喜明『葉隠 武士と「奉公」』講談社学術文庫、1999年7月
古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年1月