息子の死で側室を全員追放!日本三大悪女のひとり「日野富子」とは?その1
永享12年(1440年)、室町幕府が開闢して2年ほど経った頃、足利将軍家と深いつながりがあった名門・日野家に1人の玉のような女の子が誕生しました。
彼女の名は「富子」。
16歳で室町幕府第8代将軍・足利義政の正室となる日野富子(ひのとみこ)その人です。彼女はのちに日本三大悪女に数えられるようになります。日野富子は如何にして日本史を代表する悪女となったのか。その生涯を追っていきましょう。
由緒正しい日野家
日野富子は康正元年(1455年)8月27日に16歳で8代将軍・義政に嫁ぎました。日野家は元をたどれば藤原家の系譜から来ている由緒正しい家柄で、室町時代に入ると足利将軍家と数度にわたって縁組を組んでいました。
したがって富子が足利将軍家に嫁いだ事も決して不思議な事ではありませんでした。余談ですが、夫の義政の母である重子の出身も同じ日野家で、彼女は富子にとって義母でありながら大叔母という事になります。
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