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源実朝の正室・千世(坊門姫、西八条禅尼)。加藤小夏が演じるその生涯【鎌倉殿の13人】

源実朝の正室・千世(坊門姫、西八条禅尼)。加藤小夏が演じるその生涯【鎌倉殿の13人】:2ページ目

実朝の死後、出家して帰京

実朝との夫婦生活が約14年続いた建保7年(1219。承久元年)。1月27日に実朝が甥の公暁(演:寛一郎)に暗殺されると、翌1月28日に寿福寺で出家。本覚尼(ほんがくに)と号して帰京します。

鎌倉殿の後家尼ではあっても、姑の政子(演:小池栄子)と違い守ってくれる後ろ盾がいないため、尼御台として鎌倉に残ることはリスクでしかありません。また北条氏としても厄介払いしたかったことでしょう。

京都へ戻った坊門姫は西八条に住んだのか西八条禅尼(意:西八条の禅宗の尼さん)と呼ばれ、実朝の菩提を弔っていました。

しかし朝廷と鎌倉の対立が激化すると、承久3年(1221年)に承久の乱が勃発。兄たちは後鳥羽上皇に味方して敗れ去ります。

「此度、上皇陛下を唆した張本人としてその罪は赦し難し」

兄たちが極刑に処されることを知った坊門姫は鎌倉に対して助命を嘆願。そのお陰で死一等を減じて越後国(現:新潟県)への流罪となりました(寛喜2・1230年に帰京)。

やがて実朝の菩提寺として遍照心院(へんじょうしんいん。現:大通寺。京都市南区へ移転)を建立。文永11年(1274年)9月18日に83歳で没するまで安らかな余生を送ったということです。

終わりに

以上、千世こと坊門姫の生涯をごく駆け足でたどってきました。

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、なかなか心を開いてくれなかった夫・実朝と少しずつ打ち解け合い、夫婦らしい関係を始められそうです。

間もなく実朝は天然痘(疱瘡)を患い、その後遺症で痘痕(あばた)顔になってしまいますが、傷つく夫に優しく寄り添う姿が期待されます。

『吾妻鏡』ではあまり詳しく書かれていない二人の関係を、三谷幸喜がどんな脚本に描いていくのかが楽しみです。

※参考文献:

  • 坂井孝一『鎌倉殿と執権北条氏 義時はいかに朝廷を乗り越えたか』NHK出版新書、2021年9月
  • 丸山二郎 校訂『愚管抄』岩波文庫、1949年11月
 

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