カネが欲しいのか、命が欲しいのか?江戸時代、強盗を改心させた七里禅師のエピソード:2ページ目
人からモノを貰ったら……
「おい、命が惜しけりゃカネを出しな」
闇の中から現れたのは一人の強盗。出刃包丁を突きつけて七里禅師に凄みます。
ここで常人なら悲鳴を上げるなり、逃げ出すなり、あるいは咄嗟の反応でつかみかかるなりするのでしょうが、七里禅師はどこ吹く風。
「お前さんは、カネが欲しいのか。それともわしの命が欲しいのか」
まるで爪楊枝でも眺めるような目つきの七里禅師に、強盗は眦(まなじり)を釣り上げました。
「カネに決まってるだろ!さっさとよこせ、殺すぞ!」
ぐいと突き出された刃先を眺めると、七里禅師は重ねて尋ねます。
「カネならくれてやらんでもないが、カネをもらって何を買うんじゃ」
「何だっていいだろ!早く出せ!」
強盗は苛立って出刃包丁を突き出しますが、顔色一つ変えない七里禅師が少し薄気味悪くなり、「実は、ガキの病気で薬代が要るんだ」と洩らします。
すると七里禅師は奥の戸棚を指さして、
「何じゃ、そういうことならそこの戸棚にあるから、必要なだけ持っていけ」
「お、話の解る坊主だな」
あっさり要求が通って少しホッとしたのか、強盗はいそいそと戸棚を物色。確かに、銭の包みがありました。
「ただ、わしも一文無しでは米が買えぬから、少し残しておいとくれよ」
「あいよ」
カネさえ手に入ればもう用はない……足早に立ち去ろうとする強盗を、七里禅師が呼び止めます。
「それともう一つ」
「ん?何だよ、注文の多い坊主だな」
そんな強盗の態度を、七里禅師はピシャリと叱りました。
「人からモノを貰っておいて、その態度は何じゃ。お礼くらい言いなさい!」
まさかこの歳になって他人から叱られるなんて思ってもみなかった強盗は、意外と素直に謝ります。
「はい、すいません。えーと、ありがとう」
「ございます、は?」
「はい、ございます」
「よろしい。気をつけて帰るんじゃぞ。お子さんにもよろしくな」
「へい」
こうして強盗はカネを貰い、世闇の中へと逃げて行ったのでした。