- No.194一番槍、抜け駆け などなど…現代でも使われている”武士の文化”に由来する言葉をご紹介
- No.193かつては”幻の豆”と呼ばれていた山形名物「だだちゃ豆」はなぜ ”だだちゃ” と呼ぶの?
- No.192万年筆の‟万年”っていったい何なの? 万年筆が日本で使われるようになるまで
逆の意味で使ってませんか?忠臣蔵で有名な堀部安兵衛「おっとり刀」の語源を紹介:2ページ目
2ページ目: 1 2
「おっとり刀」で18人斬り?安兵衛の大活躍
「押し取る」とは腕を突き出して対象を押すように取ること(※)を言い、この場合は「悠長に刀を差している暇もない」切羽詰まった状態を指します。
(※)同時に「おっ」は接頭語として「おっぱじめる(始める)」「おったまげる(魂消る)」などのように言葉を強める意味もあります。
「おっとり刀」と言う語感から、何となく切れ味の鈍そうな刀を連想しがちですが、実際は「とるものもとりあえず(刀を差す暇もなく)」駆けつける、とりかかる等の様子を表す言葉となっています。
ちなみに安兵衛が酔いつぶれていたエピソードは後世の創作で、実際にはきちんと六郎左衛門の話を聞いた上で助太刀を申し出ています。
さて、果し合いは安兵衛の「18人斬り(これも創作。実際には3人ほど)」によって勝利するものの、六郎左衛門は命を落としてしまいました。なにぶん律義者な安兵衛ですから、きっと遺された妻子の面倒はしっかり見てあげたのでしょう。
この「高田馬場の決闘」によって名を上げた安兵衛は、赤穂浪士の堀部弥兵衛金丸(ほりべ やへゑあきざね)に見込まれてその婿養子となり、やがて吉良邸への討入り(元禄赤穂事件。元禄十五1702年12月14日~15日)でも大活躍することになります。
もちろん、この一世一度の大勝負に際しては周到な用意で臨み、決して「おっとり刀」で駆けつけるような失態は演じなかった筈です。
※参考文献:
山本博文『忠臣蔵のことが面白いほどわかる本』中経出版、2003年12月
ページ: 1 2
バックナンバー
- No.194一番槍、抜け駆け などなど…現代でも使われている”武士の文化”に由来する言葉をご紹介
- No.193かつては”幻の豆”と呼ばれていた山形名物「だだちゃ豆」はなぜ ”だだちゃ” と呼ぶの?
- No.192万年筆の‟万年”っていったい何なの? 万年筆が日本で使われるようになるまで
- No.191もともとは「やよす」?東京の「八重洲」の地名は外国人の名前に由来していた。その名称の変遷を紐解く
- No.190筋子とイクラの違い?ご飯食べるのになぜ「お茶碗」?知ってるようで知らない和の食材【その3】