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自慢できるコトバの語源 知ってますか?「糸コンニャク」と「白滝」の違い。その由来と江戸時代に起きたコンニャク革命とは

知ってますか?「糸コンニャク」と「白滝」の違い。その由来と江戸時代に起きたコンニャク革命とは:3ページ目

そして「糸コンニャク」「白滝」が誕生

それまでのコンニャクは、収穫後の短い期間に、収穫した場所の近隣のエリアでしか食べることができませんでした。しかしこの加工法によって、年間を通して全国各地どこでも食べられる食材へと変貌したのです。

この画期的な方法を編み出した功績を称えられて、藤右衛門は「中島」の姓を授かり、なんと茨城県久慈郡大子町には彼を祀った「蒟蒻神社」も建てられています。

このようにコンニャクは革命的な変化を経て、庶民の食べ物として全国に普及していきました。1846(弘化3)年には、コンニャク料理の100のレシピが掲載された『蒟蒻百珍(コンニャクひゃくちん)』という料理本が出ているほどです。

そんな中で、コンニャクの加工品である「糸コンニャク」と「白滝」が誕生しました。

実は「糸コンニャク」は関西の呼び名で、「白滝」は関東での呼び名です。その呼び名の違いは、製造法に由来します。

糸コンニャクは、コンニャクを包丁で細長く切って作られていました。一方、白滝は、穴の開いた容器にコンニャクを入れてトコロテンのように押し出して作ります。この、押し出される時の様子が白い滝のように見えたので「白滝」と呼ばれるようになったのです。

しかし現在では、糸コンニャクも白滝も同じ「押し出し方式」で作られています。試しに糸コンニャクの製造会社のホームページを覗いてみると、どこも今説明した白滝の作り方と同じやり方で製造しているのが分かります。

ですので今では、「糸コンニャク」と「白滝」を区別するものは何もありません。それぞれの名前は、単なる商品名でしかないと言えるでしょう。

とはいえ、食材や調理法の歴史を知ると、今までは脇役だとしか思っていなかった具材や、当たり前のようになにげなく食べていた料理も途端に味わい深く感じられるものです。

この原稿を書いている時点で10月も後半。今年の秋冬は昔の人のことに思いを馳せながら、糸コンニャクあるいは白滝が入った鍋料理や煮物を味わってみてはいかがでしょう?

参考資料

 

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