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「どうする家康」おんな城主お市の最期。茶々に受け継がれる天下取りの野望。第30回放送「新たなる覇者」振り返り:2ページ目
どうする織田家の跡継ぎ選び……清須会議(清洲会議)
偉大なるカリスマ亡き後、織田の家督を誰が継ぐのか。この重要事項について、尾張清洲城で話し合われました。
まさか本能寺の変で、信長の嫡男・織田信忠(のぶただ)まで同時に討たれるとは思ってもいませんで……。
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※そもそも既に家督を譲られた信忠が生きていれば、信長が死んだところですぐに態勢が建て直され、織田家の行く末にはそう影響しなかったと考えられます。
しかし死んでしまった以上、とやかく言っても仕方ありません。とりあえず後継者候補は以下の3名です。
【織田家の後継者候補その1】三法師(さんぽうし。後に織田秀信)
信忠の嫡男すなわち信長の嫡孫。本能寺の変では幸い命拾いしました。
織田家の後継者としてこれ以上の適任者はいません……が、いかんせん幼すぎて一人で織田家の切り盛りはもちろん、お手洗いすら満足に出来るかどうか。
要するに「誰が後見人(実質的な権力者)になるか」という問題はそのまま残ります。(むしろ近年では元から「どっちが三法師の後見人になるか?」で揉めていたという説も)
【織田家の後継者候補その2】織田信雄(演:浜野謙太)
信長の次男。信忠と同母兄弟なので、血筋的には申し分ありません。ただし将器には欠けていたようで、前に伊賀国へ大軍を動員しながら返り討ちに遭い(第一次天正伊賀の乱)、信長に絶縁されかけた苦い過去があります。
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また、父の死を知らされた後も初動が遅れて仇討ちには参戦できなかったのも大きな失点。劇中では何となく落ち着きのない、頼りなさそうな人物に表現されていましたね。
【織田家の後継者候補その3】織田信孝(演:吉田朋弘)
信長の三男。こちらはかねて数々の武勲を重ね、丹羽長秀(演:福澤朗)と共に四国征伐を託されるほど信頼を得ていました(※本能寺の変で実現せず)。
合わせて父の仇討ちにも参戦しており、主導権こそ秀吉に譲ったものの、有事に即応出来たと言えるでしょう。
しかし信孝は側室の子であり、幼児や愚鈍であっても織田家嫡流を差し置いて家督を継承するのは難しい状態でした。劇中では若く英明そうな青年でしたが、残念ながら柴田勝家(演:吉原光夫)とほぼ同時期に落命するため、次回以降の出番はまずなさそうです。
……以上の三者をざっくりまとめるとこんな感じ。
- 三法師→幼い以外は申し分なし
- 織田信雄→血筋はいいけど中身が微妙
- 織田信孝→能力はあるけど血筋が微妙
とりあえずこの中から決めるのですが、選考委員(出席家老)は4名。それぞれの意向は概ねこんな具合(すごく意訳)でした。
- 羽柴秀吉→三法師を信雄が後見すべき
- 池田恒興→じゃあ、それがしもそれで
- 丹羽長秀→では、柴田殿のお考えは?
- 柴田勝家→三法師を信孝が後見すべし
とまぁ、信雄派と信孝派でほぼ二分された印象です。各派の真意は概ね解りますね。少なくとも秀吉が「ナントカと神輿は軽いほどいい」と思っているのは間違いなさそうです。
ちなみに、本作ではいきなり出てきた丹羽長秀と池田恒興(演:徳重聡)とは何者?と思われた方は少なくない堀んじゃないでしょうか。
ごくざっくり紹介すると、丹羽長秀は織田家の次席家老で、柴田勝家に次ぐ重鎮。信長時代から活躍していました(これからの活躍に期待)。
また池田恒興は信長の乳兄弟にあたり、永年忠義を尽くした忠臣。信長亡き今は最も頼れそうな秀吉につこうとしているようです。
この四者による丁々発止の議論が清洲会議の見所なのですが、本作ではほぼ全カットなので、こちらも結果のみ。
【家督は三法師が継ぎ、信雄と信孝が共同で後見する】
結局まとまらなかったので、一緒に後見する形にしたのでしょう(最初から話し合わなくても同じだったと見るべきか、両派が必死に話し合ったからこそこの結果にバランスがとれたと見るべきか……)。
また実務的なことは経験豊かな四家老が補佐+状況によって盟友の家康にも外部委託。ここに家康は、一部とはいえ織田家の舵取りを託されるようになりました。永年愚直に盟友の信義を貫いた賜物と言えるでしょう。
(※本作では家康が姉川で信長を裏切りかけたり、本能寺で信長を殺しかけたりしていますが、それらは全くのフィクションです)
ちなみに、傅役(もりやく。教育係)には堀秀政(ほり ひでまさ)が任じられました。これでひとまず織田家の新体制は決まったのですが……(後半に続きます)。
3ページ目 いつ、誰が眠ってたって?関東の雄・北条氏政の戦歴をとくと見よ!
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