【鎌倉殿の13人】全員登場して欲しい!木曽義仲(演: 青木 崇高)と共に活躍した「義仲四天王」を紹介:3ページ目
楯親忠(たて ちかただ)
通称は六郎、根井行親の子として誕生します。生年は不詳ながら、父の生まれた推定年代からまだ年少と見られ、父と生死を共にしたのでしょう。
並みいる義仲陣営の豪傑たちをさしおいて四天王に選ばれたのですから、よほど将来を嘱望されていたものと思われますが、父の名に恥じぬよう最期まで戦い散華したのでした。
晴。今朝。撿非違使等於七條河原。請取伊豫守義仲并忠直。兼平。行親等首。懸獄門前樹。亦囚人兼光同相具之被渡訖。……
※『吾妻鏡』寿永3年(1184年)1月26日条
【意訳】晴れ。今朝、検非違使たちが七条河原で義仲・高梨忠直(たかなし ただなお)・今井兼平・根井行親らの首級を受け取り、獄門にかけ梟首とした。また捕らわれていた樋口兼光の身柄も引き渡された。
この時『吾妻鏡』には親忠の名前がなく、高梨忠直が義仲のすぐ次に挙げられていることから、こっちの方が四天王であった(少なくとも周囲からは重要人物と見なされていた)とする説もあるようです。
まとめ・義仲四天王の活躍に期待!
今井兼平:仁平2年(1152年)生~寿永3年(1184年)1月20日自害
樋口兼光:生年不詳~寿永3年(1184年)2月2日斬首
根井行親:生年不詳~寿永3年(1184年)1月20日?討死
楯親忠:生年不詳~寿永3年(1184年)1月20日?討死
以上、義仲四天王について簡単なプロフィールなど紹介して来ました。しかし義仲の家臣団は他にもたくさん。例えば喜多川歌麿「木曽冠者源義仲及其一門」には、これだけの武将が描かれています。
(義仲&四天王は略)
中山権頭兼任(なかやま ごんのかみかねとう。兼平らの父・中原兼遠?)
小室太郎忠兼(こむろ たろうただかね)
餘田次郎(よだ じろう)
小林次郎(こばやし じろう)
手塚太郎光盛(てづか たろうみつもり)
丸子小平太(まりこ こへいた)
千野太郎光弘(ちの たろうみつひろ)
高楯次郎光延(たかだて じろうみつのぶ)
大夫房覚明(たゆうぼう かくみょう)
矢田判官代義兼(やた ほうがんだいよしかね)
宇野弥平四郎行広(うの やへいしろうゆきひろ)
石黒太郎光広(いしぐろ たろうみつひろ)
十郎蔵人行家(演:杉本哲太)
諏訪三郎(すわ さぶろう)
巴御前(演:秋元才加)
山吹(やまぶき。女武者の山吹御前)
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にはこの内どれだけ登場・活躍するのか、今から楽しみですね!
※参考文献:
- 鈴木彰ら編著『木曾義仲のすべて』新人物往来社、2008年12月
- 関幸彦ら編『源平合戦事典』吉川弘文館、2006年11月
- 歴史群像編集部 編『決定版 図説 源平合戦人物伝』学研プラス、2011年11月