いまだ謎に包まれた死。幕末の美男役者・八代目 市川團十郎はなぜ32歳で自殺したのか?その2:2ページ目
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天保の改革で大打撃
そんな中、大事件が発生しました。老中・水野忠邦の天保の改革が始まったのです。
倹約令が施行され、華美な祭礼や贅沢・奢侈はことごとく禁止。庶民の娯楽も制限される対象となり、芝居小屋の江戸郊外(浅草)への移転、寄席の閉鎖、浮世絵・戯作の規制など多くの文化人が影響を受けました。
繰り返される贅沢禁止の御触れ!江戸時代の倹約令ではどんなことが制限されたの?
江戸時代、庶民たちに出された町触には、様々なものがありました。その中でも特に重要なものは、高札場に高札を出して提示されていたとのこと。風紀を正しくし財政再建するためには、倹約令が欠かせませんで…
中でも、当代きっての大人気役者だった7代目市川團十郎への制裁はとくにひどいものでした。
代々住んでいた家は取り壊され、7代目自身は奢侈の罪で江戸から追放(江戸十里四方追放)。処罰される役者が人気があればあるほど庶民に対して大きな影響力を持つため、贅沢をするとこういう目に遭うんだぞ、という見せしめにされたのです。
8代目團十郎は、偉大な父を頼る事ができなくなります・・・。
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