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戦国時代、結婚を拒んで壮絶な最期を遂げた悲劇の美女・藤代御前の怨霊伝説【下】

戦国時代、結婚を拒んで壮絶な最期を遂げた悲劇の美女・藤代御前の怨霊伝説【下】:2ページ目

壮絶な最期を遂げた藤代御前、怨霊となって為信をとり殺す

「お方様!」「お姉様!」

藤代御前たちは懸命に戦いましたが、いかんせん多勢に無勢。ドラマのように華麗な救出劇も起こることなく、妹や家来たちともども皆殺しにされてしまいます。

「おのれ為信……むざむざ殺された夫の無念、なぶりものにされた妹の純潔……我ら一族、これまで忠勤に励みこそすれ、滅ぼされる謂れなどない……この恨み……断じて晴らさでおくべきか……末代まで祟ってやるから、覚えておくがよい!」

最後の一人となって戦い抜いた藤代御前の怨念に恐れをなした兵士たちは、これでもか、これでもかと彼女の遺骸を斬り刻み、あっという間に肉泥(ミンチ)とされてしまいました。

これでは首実検のしようもなく、ズタズタに切り刻まれたグロテスクな遺骸にうんざりした為信は、岩木川のほとりに埋葬させたのですが、話はこれで終わりません。

それから歳月も流れ、悲劇の記憶も風化しつつあった慶長十二1607年、京都に赴任していた為信の嫡男・津軽平太郎信建(へいたろう のぶたけ)が病に倒れてしまいました。

護摩も祈祷も効果がなく、どんな名医に見せても匙を投げる重篤な状態と知った為信は、居ても立っても居られず、病身を引きずってはるばる京都まで見舞いに行きますが、それでも快復する事はありません。

「父上……」「平太郎―っ!」

かくして慶長十二1607年10月13日、信建は34歳で生涯に幕を下ろします。最晩年に愛する嫡男を喪い、悲嘆に暮れる為信の前に、女の亡霊が現れました。狂い笑うその正体は、もちろん藤代御前です。

「アハハハハハ……ざまを見さらせ!これで少しは、愛しい者を奪われる気持ちが解ったか……しかし為信よ、これだけで我らの怨みが晴れるなどと、ゆめゆめ思うでないぞ……これからもそなたの子も孫も曾孫も玄孫も末孫も……津軽一族のことごとく滅び去るまで、殺して殺して殺し尽くしてくれるわ……!

藤代御前の姿が消えた途端、為信はにわかに病状が悪化して倒れ伏し、信建の後を追うように同年12月5日、59歳の生涯に幕を閉じるのでした。

3ページ目 我が亡骸を、藤代御前の墓の上に葬れ

 

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