手洗いしっかりしよう!Japaaan

【豊臣兄弟!】秀長の死去まで4年…「光秀だけが忠臣だった」公方様(尾上右近)の後悔と秀長に遺した警告

【豊臣兄弟!】秀長の死去まで4年…「光秀だけが忠臣だった」公方様(尾上右近)の後悔と秀長に遺した警告:2ページ目

「変わっていく」ことを予言した千利休の言葉

史実通り、茶会では御自慢の『黄金の茶室』も会場に登場。

余談ですが、ドラマでは一瞬だけ真っ赤な野点傘を畳む場面がありました。

史実では、茶人の丿貫(へちかん)がこの北野大茶会の会場で、大きな朱塗りの傘を立てた茶席を設け、秀吉が感動し諸役御免を許した……という話が伝わっています。

町人や百姓など誰にでも気さくに茶を振る舞いご機嫌な秀吉。

けれど、石田三成(松本怜生)に「一番人気は千利休の茶室」と聞き「利休に負けるではない」と発奮してしまいます。「身分の差など関係なく皆が楽しめる茶会」が目的なら、勝ち負けは関係ないはずなのですが……。

実際、秀吉が茶会を開いた理由も諸説あるのですが、「聚楽第の完成祝い」と共に「自分の権力を民にも広く知らしめること」が目的だったとされています。

と、考えると「天下人のわしがトップ人気でなければ!」とムキになるのもわかります。

ただ、赤金ギラギラの秀吉の茶室は疲れそう。しっとりと落ち着く侘び寂びある利休の茶室のほうが100倍も好きです。

史実に伝わる茶会では、秀吉と千利休だけではなく、津田宗及・今井宗久という当代きっての茶人も茶頭を務め、参加者に茶を振る舞ったそうです。

秀長がこの茶会に乗り気ではないことを察知した利休は、豊臣兄弟が今までとは変わったことを指摘。

「二人はこれまで天下人という的に向かい同じ方向に向かっていた。けれど、敵もいなくなった今、お互いを見るようになった。これまで見えなかったことが見えてくるようになる」と予言します。

図星だったのでしょう。

秀長は、自分の忠告よりも、秀次の褒め言葉に乗るようになった兄の態度の変化を感じたばかり。

「兄のことで知らぬことはない」と平静を装うも、その口調に力は感じられませんでした。

3ページ目 昔の友人に会って「変わらんのう」

 

RELATED 関連する記事