大河『逆賊の幕臣』小栗忠順(松坂桃李)の通称・又一の由来!祖先・忠政の一番槍に生きた武勇【前編】
令和9年(2027年)大河ドラマ「逆賊の幕臣」で主人公となる小栗忠順(おぐり ただまさ)は、先祖代々徳川家に仕える譜代家臣の末裔です。
小栗家の棟梁は代々「又一(またいち)」の通称を襲名していますが、この名は祖先の武勇に由来するものでした。
今回は小栗又一の名を天下に知らしめた小栗忠政(おぐり ただまさ)を紹介。果たしてどんな活躍をしたのでしょうか。
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「又もや一番槍」で又一に
小栗忠政は弘治元年(1555年)に小栗吉忠(よしただ)の子として生まれました。小栗家は祖父の代から三河松平家(後の徳川家)に仕えていたそうです。
【小栗家略系図】
……小栗忠吉(ただよし。市郎、二右衛門)─小栗吉忠(又市、庄二郎)─小栗忠政……
※『寛政重脩諸家譜』より
祖父の忠吉の通称が市郎(いちろう)だったので、その息子である父の吉忠は「また市郎」を意味する又市(またいち)を名乗りました。どっちも市郎だと呼ぶときに混乱しますからね。
そんな小栗家の三代目となる忠政は元服して父から庄二郎を襲名し、13歳となった永禄10年(1567年)に徳川家康の小姓として仕えました。
忠政が初めて武功を立てたのは16歳の元亀元年(1570年)、姉川の戦いで敵が徳川本陣に迫った時のことです。
忠政はそばにあった信国(のぶくに)の槍をとって敵に立ち向かいました。奮戦の末に敵を撃退した忠政らを家康は激賞し、忠政には褒美として信国の槍を与えます。
それからと言うもの、忠政は信国の槍を奮って最前線に立ち、しばしば一番槍の武功を立てるようになりました。
「又もや一番槍」ということで、忠政は父の又市から一文字変えた「又一」と呼ばれるようになったということです。
- 祖父・忠吉:市郎
- 父・吉忠:また市郎→又市
- 小栗忠政:また一番槍→又一
同じ「またいち」であっても、その由来は大きく違っていたのでした。


