大河『逆賊の幕臣』小栗忠順(松坂桃李)の通称・又一の由来!祖先・忠政の一番槍に生きた武勇【前編】:3ページ目
軍令違反で謹慎処分に
そんな天正6年(1578年)のこと。忠政は駿河田中城を攻めた際に抜け駆けを図りました。
酒井重勝・内藤甚五左衛門・熊谷小一郎らと共に夜襲を仕掛け、出てきた城兵を三度も押し返す暴れぶりを見せています。
この戦闘で敵の首一級を上げますが、抜け駆けは軍令違反であり、どんな手柄も帳消しです。
家康の勘気をこうむった忠政は、しばらく大須賀康高のもとで謹慎を余儀なくされたのでした。
しかし戦国乱世も真っ盛りですから、前線を離れて悠々自適に謹慎している余裕はありません。
忠政は大須賀勢に加わって数々の合戦に参陣し、ここでも一番槍を重ねました。
この武功で家康も許してくれるか……と思ったらさにあらず。忠政にとって、もはや一番槍など当たり前であり、家康もそれくらいで許したら、家中に示しがつかないと思ったのかもしれませんね。
そんな天正9年(1581年)のこと、これまで幾たびもの死闘が繰り返された高天神城をついに攻略し、忠政はここで敵将の孕石主水(はらみいし もんど)を生け捕りました。
この孕石主水は家康が今川家の人質だったころに虐めた人物として知られています。実際は家康少年のやんちゃに苦情を申し立てた程度でしたが、家康はここぞとばかりに恨みをぶつけて切腹を強要しました。
積年の恨みを晴らしてよほど上機嫌だったのか、このタイミングで忠政に対する謹慎を解き、再び側近に迎えたということです。
次回【後編】につづきます。
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※参考文献:
- 『寛政重脩諸家譜 第1輯』国立国会図書館デジタルコレクション


