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天狗修行の奇行、男色で実子なき権力者!「半将軍」細川政元の巨大政権が56年で崩壊した真相

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三好長慶の登場

ここで新たな人物が登場します。阿波出身の国人、三好長慶です。

長慶は一五二二年生まれで、足利氏や細川氏の一族ではありませんでした。地方の在地領主でしたが、才覚を認められて細川晴元から信頼されます。

長慶は摂津越水城、現在の兵庫県西宮市にあたる場所の城主となりました。しかし叔父の政長は、自分が三好一族の長になることを望んでいたとされます。

政長は晴元に近づき、虚言を使って長慶を失脚させようとしました。晴元は二人の対立を利用しながら、最終的には政長を支持したのです。

そして一五四九年、長慶は晴元に反旗を掲げました。摂津江口の戦いで政長を討ち、その後、晴元と将軍義輝、さらに義輝の父である先代将軍義晴を近江へ追放します。

こうして細川政権は一四九三年から一五四九年までの五十六年間で終わりました。

細川政元は幕府の人事権と軍事力を握り、朝廷にも強い影響力を持っていました。それほど強大な政権だったにもかかわらず、なぜ崩壊したのでしょうか。

大きな要因の一つは、政元の死後に起きた後継者争いでした。三人の養子をめぐる対立に将軍の継承問題まで加わり、細川氏内部の争いが政治全体を揺るがすことになります。

そして、その混乱の中から台頭したのが、細川氏の一族ではない三好長慶でした。強大な権力を築いた細川政権は、外敵に倒されたのではなく、内部の後継者争いと新たな実力者の台頭によって崩れていったと考えることができるでしょう。

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参考資料:出口治明『10人の英傑が「この国」を変えた 大転換の日本史』2025年、PHP研究所
画像:Wikipedia

 

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