尼僧姿で体を売った女性たち…江戸の闇「売比丘尼(うりびくに)」とは?禁忌に群がった男たちと最期
権力から遊びへ
江戸時代には、夜鷹や湯女、旅籠の飯盛り女など、さまざまな売春婦が存在していました。その中でもひときわ異質なのが、尼僧の姿をした売比丘尼(うりびくに)です。
本来の比丘尼は、仏法を説く女性の宗教者です。しかし江戸時代には、宗教活動をせず売春を仕事とする売比丘尼もいたのです。
なぜそんなタイプの売春婦が出現したのかというと、おそらく当時の寺と僧侶の在り方が大きく関係しています。
江戸時代の寺院は強い権力を与えられていました。徳川家は天台宗の寛永寺や浄土宗の増上寺を菩提寺とし、寺領は二万石の大名に匹敵するほどでした。
また、各大名も郷里と江戸に菩提寺を持っていたため、寺院は大きな経済力を持つようになります。
しかも寺院や僧侶は町奉行ではなく寺社奉行の管轄に置かれ、一般人とは異なる扱いを受けていました。
寛永十五年(1638)に島原の乱が終わると、幕府は切支丹の取り締まりを強めました。かわりに宗門人別帳への登録などが教化され、これにより寺院は人々の旅や奉公、縁組にも関係する存在となったのです。
こうして寺院の経済力と社会的な権限が強まれば、僧侶の生活にも余裕が生まれます。そうなると人間は遊びたくなるものです。
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もちろん宗規や戒律があるためあまりに自由奔放な遊興は困難ですが、その需要に応える形で出現したのが売春婦としての売比丘尼だったのです。
2ページ目 聖職者から娼婦へ…比丘尼たちが堕ちていった衝撃の変遷


