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古くからさまざまな伝承が残る「富士山」の歴史。江戸時代には富士登山が一大ブームに

古くからさまざまな伝承が残る「富士山」の歴史。江戸時代には富士登山が一大ブームに:2ページ目

平安末期以降、噴火が落ち着く

富士山の噴火活動が落ち着いてきた平安時代の終わりごろからは、山岳修行の場として登られるようになっていきます。1149年に末代上人(まつだいしょうにん)によって、富士山頂に大日寺が建立されると、それ以降、修験道の行者たちの道場として発展していきました。

江戸時代は富士登山が一大ブームに

江戸時代になると、富士登山にも少し変化が訪れます。それは、「富士講(ふじこう)」が登場すること。「講」とは団体・グループのことを指します。富士講は富士山を信仰する人々による組織です。

江戸を中心に特に関東で栄え、各地に多くの講ができました。お金をそれぞれ出し合い、富士講の中から選ばれた人々が富士登山を行い、利益を他のメンバーで分かち合うというもの。

ちなみに、今でも「富士塚」というものがありますが、これは富士講が富士山に見立てて作ったものです。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

 

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