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「そなたは、江戸」豊臣秀吉に関東移封を命じられた神の君・徳川家康、実際の反応は?【どうする家康】:2ページ目
五ヶ国を奪われた家康。さらに八州と言っても……
……(秀吉今度北條を攻亡し。その所領ことゞゝく 君に進らせられし事は。快活大度の挙動に似たりといへども。其實は 當家年頃の御徳に心腹せし駿遠三甲信の五国を奪ふ詐謀なる事疑なし。其ゆへは関東八州といへども。房州に里見。上野に佐野。下野に宇津宮。那須。常陸に佐竹等あれば八州の内御領となるはわづかに四州なり。……
※『東照宮御実紀』巻四 天正十八年「秀吉封家康于関東」
「いや、しかし……」
ここでまた秀吉の猿芝居。今回の小田原征伐で手柄を立てたのは、何も家康だけではありません。北条の所領をすべてやってしまっては、他の大名たちが不満に思うことでしょう。
「徳川殿~……あの、わしも武士ゆえ、そなたに『関東八州を授ける』と言ったことを違えとうない。そこで代わりと言っては何だが、関東八州と引き換えに、徳川殿の所領五ヶ国を下さらぬか?」
なぁにが「代わりと言っては」なのかさっぱり理解できないものの、それが秀吉の狙いでした。
「のぅ、えぇじゃろ?五ヶ国と八州を引き換えじゃ。他の者たちにも褒美をやらねば、わしの天下も怪しくなってしまう。ここは一つ、わしを助けると思って……」
いや、それなら関東八州を皆様で分配なされては……いやいや、それではわしが二言したことになってしまう。ここは何としても引き換えということで……とまぁ何やかんやと押し切られてしまいました。
「すまん、徳川殿!まこと恩に着る!」
かくして家康はこれまでの戦で切り取ってきた三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の五ヶ国を奪われ、代わりに関東八州を与えられたのです。
しかも関東八州と言えば聞こえはよいものの、実際には各地に敵対勢力が根を張っており、実質的には相模・武蔵・下総・上総の四か国程度しかありませんでした。
これでは体よく一国を削られてしまった形です。しかし、今になって文句を言っても始まりません。まったく巧いことハメられてしまいましたね。
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