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【真田十勇士】どこまでが史実?ドラマの舞台『九度山』真田幸村が耐えた14年の困窮と十勇士の正体

【真田十勇士】どこまでが史実?ドラマの舞台『九度山』真田幸村が耐えた14年の困窮と十勇士の正体

世界を照準にした、本格アクション・超大型忍者時代劇プロジェクト
『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』(「テレビ朝日金曜ナイトドラマプレミアム」 毎週夜11時15分〜)。

初回からNetflixの国際展開が功を奏し、日本ドラマとしては良好なスタートで、特にアジア・中東・中南米で評判が良いそうです。

『真田十勇士』は史実の家臣軍団ではなく、後世の創作で「真田幸村(信繁)に仕えたとされる10人の勇士として知られる」架空のヒーロー集団です。

そして、ドラマの1話から登場しているのが、真田幸村(安藤政信)や家臣として仕える霧隠才蔵(中川大志)らが身を潜める舞台、実在の『九度山』です。

2話では、主人公・猿飛佐助(岩本照)が仲間に加わり、絶対的権力者・徳川家康(内藤剛志)の首を取るべく、14年間も幽閉されていた九度山からの脱出を図りました。

物語の起点であるこの九度山は、なぜ真田の“影の舞台”となったのか……ドラマと史実を比較しつつ、今回はこの九度山の実像を辿ってみました。

『真田十勇士』の話題は、こちらの記事もぜひご覧ください。

【真田十勇士】岩本照演じる猿飛佐助は何が違う?100年前の誕生秘話からドラマ独自の大胆改変まで徹底比較

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真田の“影の舞台”『九度山』とは?

九度山は、和歌山県伊都郡にある高野山の玄関口、標高100メートル前後の山間の町です。

九度山にある世界遺産『慈尊院』は、引仁7年(816)弘法大師・空海が高野山を開創する際に、表玄関として創建しました。

当時、高野山は「女人禁制」で、空海を訪ねてきた母・玉依御前(たまよりごぜん)が慈尊院に迎えられたため、月に9度は20キロの山道を下り母を訪ねたことから『九度山』と称されるようになったそうです。

この地までは、女性もお参りできたために「女人高野」と呼ばれて参拝客で賑わったと伝わります。

また、九度山町には、真田幸村父子の歴史に思いを馳せられる名所も。

⚫︎真田幸村父子の屋敷跡に建てられたお寺『善名称院(真田庵)』
⚫︎その境内にある『真田宝物資料館』
⚫︎真田幸村の霊を祀った『真田地主大権現』
⚫︎真田幸村が使って戦場に出向いた「大坂城に続く抜け穴」という『真田古墳』
⚫︎「炬燵して語れ真田が冬の陣」「かくれ住んで花に真田が謡かな」など、真田を詠んだ句が知られる『与謝野蕪村の句碑』

などを巡ることができます。

2ページ目 借金依頼の手紙も…真田昌幸・幸村父子が耐え抜いた九度山での困窮

 

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