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関西は「おでん」の昆布を食べない?ジャガイモ北海道45位の怪?おでんの地域ギャップと歴史

関西は「おでん」の昆布を食べない?ジャガイモ北海道45位の怪?おでんの地域ギャップと歴史

 
2026/09/23

夕方になるとちょっとした上着が欲しくなる季節になりましたね。
ちょっと気が早いですが「おでん」ネタを紹介します。

過去にこちらでも紹介された、おでんの歴史をおさらいしておきましょう。

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おでんはもともと煮込み料理ではなく、豆腐を串に刺して焼き味噌を塗った「豆腐田楽」がルーツといわれています。

田楽という名前は、田植えなどの豊作を祈って舞われた「田楽舞」に由来するとされています。白い豆腐に味噌を塗って串に刺した形が、高足に乗って踊る田楽法師の姿に似ていたことから「田楽」と呼ばれるようになったとか。

「おでん」という名前は、室町時代に宮中の女房たちが使った隠語の「女房言葉」が由来とされ、丁寧語の「お」をつけてお田楽と呼んでいたのが次第に「楽」が省略され「おでん」となったという説があります。

江戸時代には、豆腐だけでなくこんにゃくなどの田楽も庶民の食べ物として広がっていきました。

この時代のおでんは、現在のように鍋で具材を煮込むものとは違い、具材を串に焼いて味噌をつける料理でした。具材は茄子・さといも・魚・こんにゃくなど。

江戸時代後期になると、現在のおでんにつながる煮込み式が登場。具材を醤油ベースの汁で煮込む現在の「関東煮(かんとうだき)」につながっていきます。

明治になると『明治商売往来 続』(1970年)には子供のころおでんといえば味噌おでんだったのに、明治末になると煮込み一辺倒になったと書かれており、串焼きの味噌おでんは姿を消していったようです。

大正時代になると、おでんは関西にも広がり、全国区で一般的な料理として定着し、現在に至ります。

2ページ目 昔の主役はサトイモ!?昆布は食べる?食べない?

 

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