手洗いしっかりしよう!Japaaan

【豊臣兄弟!】佐々成政の切腹理由、鍋丸は実在?母が暴く秀次の本心…忍び寄る豊臣家“崩壊の兆し”

【豊臣兄弟!】佐々成政の切腹理由、鍋丸は実在?母が暴く秀次の本心…忍び寄る豊臣家“崩壊の兆し”:4ページ目

佐々成政の切腹

初登場からずっと豊臣兄弟に敵対的だった佐々成政ですが、この期に及んでもなお挑発的な態度を崩していません。

劇中でも言及されていたとおり、これまで何度も逆らってきた経緯を鑑みれば、切腹もやむなしと言ったところでしょう。

  • 天正11年(1583年)……賤ヶ岳の戦いで秀吉に敵対
  • 天正12年(1584年)……小牧・長久手の戦いで秀吉に敵対
  • 天正13年(1585年)……家康と和睦後も単独で秀吉に敵対(富山の役)

降伏後は一命を助けられたものの、改易の上で大坂へ移住させられ、秀吉の御伽衆すなわち側近集団に加えられます。

本作の成政とすれば、この時期はとても耐えられたものではなかったことでしょう。

その後九州征伐(今回ナレーションのみ)で武功を上げた成政は、秀吉から肥後一国を与えられました。随分と気前がいいですね。

しかし秀吉の指示に背いて性急な検地を断行したために国人衆の反発を招き、ついには肥後国人一揆を惹き起こしてしまいました。

成政が処罰されたのは一揆を起こしたからではなく、一揆を自力で鎮圧できなかったからと言われています。その証拠として、黒田官兵衛(倉悠貴)がほぼ同時期に同様な経緯で惹き起こした豊前国人一揆について、官兵衛は処分されていません。

ともあれ次週は、成政による壮絶な切腹を拝むことになるのでしょうか。

5ページ目 第42回放送のまとめ&次回の展望

 

RELATED 関連する記事