手洗いをしっかりしよう!Japaaan

『豊臣兄弟!』に初登場!松岡広大が演じる吉川平助とは?豊臣兄弟の絆を引き裂く不祥事と非業の末路

『豊臣兄弟!』に初登場!松岡広大が演じる吉川平助とは?豊臣兄弟の絆を引き裂く不祥事と非業の末路:2ページ目

不正がバレて処刑される

そんな天正16年(1588年)、平助が秀長の命によって熊野の材木2万本余を伐採し、大坂で販売した時に不正が発覚しました。

平助が材木の売却代金を着服していたと秀吉に密告する者があり、平介は同年12月5日に大和西大寺で処刑されます。

その首は京都洛中で晒しものとなり、監督責任を追及された秀長は、天下の面目を失ってしまいました。

秀長に対する秀吉の怒りは収まらず、年が明けて翌天正17年(1589年)になっても、秀長には新年の挨拶を許さなかったそうです。

秀吉がここまで怒っていた理由としては、秀長も平介とグルになって私服を肥やしていた可能性が考えられるでしょう。

領国内であれば平助が不正を働いても、秀長の権限で握りつぶすことが可能です。

それで密告者は、秀長にとってほぼ唯一の上位者である秀吉に密告したのでした。

不正が外部に漏れてしまっては、もはや握りつぶすこともできません。秀長としては、トカゲの尻尾切りで平助を見殺しにするしかなかったのでしょう。

3ページ目 平助の子孫たちはどうなった?

 

RELATED 関連する記事